『ひなたぼっこ 2』


作:M@猫





「何やってんの?」
 その村に留まって、数日。
 雨が続いた事も手伝い、久しぶりに魔道の研究に打ち込む事にし たリナ。
 当然の事ながら、自称保護者は毎日ヒマを持て余し……と言う事 が少ないのは、本人にとってもリナにとっても意外だったのは良かっ た事だろう。恐らく。
「んー、リナかぁ?」
 その村は、美しい山々や木々に囲まれた事で有名な所だったが。 外部の人は、1年でも極々わずかな頃にしか来ない土地でもあっ た。
 冬は豪雪にみまわれ、春と呼べる期間に春はなく、どちらかと言え ば世間的に真夏の時期に春が来てると言って良いだろう。秋はある ものの、その頃になれば奇妙なくらい山には動物や魔物が現れる。
 魔物の発生する理由とか原因とか言ったものが不明なのだが、地 元の人は慣れてしまった事も手伝い、もはや気にする存在さえない のが現状だ。
 とりあえず、恐ろしきは人の慣れなのかも知れない……。
 まあ、そうは言うものの。山の領域さえ守れば、彼等(?)も無意 味に村まで現れて悪さをするとか言う事もないと言うのが。地元民 に緊張感を持たせない、最愛の理由かも知れない。
「見ての通りだけど?」
「寝てる様に見える」
 山間に囲まれた村の中では、久しぶりの晴れで主婦は元気に働 き。子供達も母親に駆り出され、男達の半分以上はガウリイの様に あちこちで居眠りをしている。
「そっかあ……」
 居眠りを決め込んだ男達は、恐らく次の食事の頃にたたき起こさ れて。ついでとばかりに、食事をしながら聴かされる妻のグチにつき あわされ、酒にでもおぼれて行くのだろう。
 確かに、ガウリイは寝入っている様には見えなかったけれど。基本 的には平和な世に定住する訳でも無し。逆に、そう言う事に慣れき られてしまうと次に旅立つ時には困るだろう。
 何となく、だが。
「そうだなあ、リナには寝てる様にしか見えないかも知れないなあ… …」
「だって、ガウリイは下から見てるけど。あたしは上から見てるもん。
 同じ事し、同じもの見てるならともかく、全然別の所で別の事やり ながら、別れーってのが土台無理な話なんじゃないの?
 ま、アンタのケダモノ並のカンとかだったら。話は変わるんでしょう けど」
 相変わらずと言ってしまえばそれまでだが、毎度の事ながら…… もう少し人間的に扱って欲しい様な気が、内心しないでもない。
「それなら、お前さんも転がってみろよ」
「うわきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 しゃがみ込んでいたリナの手を引き、あくまでもガウリイ自身は軽く 触れたつもりだったが歴然とした、力の差と言うものはあるわけで。
「お前、なんて声出すんだよ……」
 女の子女の子したきゃぴきゃぴ声であり、当然。悲鳴を上げれば 超音波状態なわけで、まあ……かなり耳に来るだろう。
「アンタねえ、乙女の素肌になんて事すんのよ!」
 見れば、リナの手首にくっきりとガウリイの手のアトが着いている。
「あ……悪い悪い」
 横になっていた事や、つい忘れていた為も手伝っての事だろう。
 こういう時、余程の事がなければリナの機嫌はよくならない。
「で、アンタは一体。何をしていたんですって?」
 不機嫌丸出しではあるが、起きようとしない所を見るとリナ自身も 疲れでも出たのだろう。
「雲がさ、色々な形に見えるなぁーって思ってさ。
 あればパンだろう? あっちは鳥で……」
「なるほどね、でも……もーちょっと風情のあるモンは出てこないわ け?」
「って言われてもなあ、見える形のままに言ってるだけなんだし。
 そう言うリナは、何に見えてるんだ?」
 問われて、リナもしばし考える。
 その間にも、雲はのんきに様々な形に変わりながらも流れ行く。
 この空は、一体どこへ続いているのだろう?
 きっと、どこへでも続いているのだ。
 会いたい人達の所へも、会いたくない人達の所へも。
「あれがプリンで、あっちがパフェ。で、こっちがホットケーキ!」
「おいおい……」
 そう言われて見れば、確かに「特訓」に瞳を輝かせるだとか。
 「礼金の二重取り」に心をときめかせるとか言うよりは、よほど乙 女の夢らしい……のだろうか?
 とりあえず、そこまでツッコミを入れるほどガウリイは愚かではな かった。
 天然くらげで有名なガウリイも、流石に学習能力はあるらしい。
 まあ……体は日常的だが。時に命はってかますほど、ボケの余裕 があるわけでもないのかも知れない。
「なによ! デザートは乙女の夢で憧れなんだからね!」
「はいはい……」
 苦笑しながら、安心する。
 穏やかな時間と、気持ちの良い日の光。
 草の上に寝ころんで、さわやかな風がほほを撫でて。
 久しぶりの時、晴れ間だと言う事も手伝って何とも気持ちよい。
「あぁー……それになんだか、空を飛んでる様な気もしてくるわね え」
 しみじみと言うあたり、何となく年寄りくさい部分がない訳でもない のだが。
「でも、リナは実際に飛べるんだから。こんな事しなくても、幾らでも 飛べば良いじゃないか」
 そうなのだ、確かに希代の天災魔道士……もとい天才魔道士であ るなら。否、初級魔道士でも割と簡単に飛ぶくらいは出来る。
 正確には、浮かせると言った方が正しいのだが。
「でも、『浮遊』って結構疲れるし。楽しみながらなんて飛べないし、 何より高さがねえ……」
 ガウリイの様に魔法が使えなければ、確かに羨ましい対象となる のだろうが。
 リナの様な立場になれば「鳥の様に自在に」飛びたくなると言うの も当然と言うものだろう。
 風に乗って流れて来る、鳥や子供達の声。
 楽しそうなのは、家を抜け出したのだろうか?
「どこかの世界では、あたし達の見てる知ってる空の。そのまた向こ うに続く別世界へ、本当に行く事が出来るんだって。
 空を飛ぶための、船の様なものに乗るらしいんだけど……」
「けど?」
「どうせなら、船に乗るんじゃなくて。自分の力だけで行きたい なぁーって、そう思っただけ」
 最近になってリナは、不思議な事を言う様になった。と言っても、ど こまでが本当に不思議な事なのか魔道的な知識のないガウリイに は判らないが。それでも、会ったことのある不思議な人達……(?) に再会する機会に恵まれた時。彼等は、リナが『異界黙示録』にか つて触れた事による、おまけのようなものだと聴かされたのだが… …。
 リナがかつて、必要だったからこそ求めた知識。その際に、余計な 他の知識までもが一緒にリナの中に入り込んでしまったらしい。
 だからこそ、時としてリナは不思議な世界の知識を口にする。
 しかし、それはリナがガウリイと二人だけの時だけで。
 普通の人達では判らないだろうし、普通じゃない人達やそこいらの 魔道士にでも聴かれたら。それこそどうなるか判ったものではない。
 知識は、新たなる世界を開く扉。
 だが、必ずしも新たなる世界は訪れた者に幸運や安らぎと言った ものを与えるとは限らない。
「魔法じゃ行けないのか?」
「こんなに遠いとねえ……それこそ、届かないわよ」
 言って、のばした手のひらはガウリイの目から見て小さくて。
 リナの持つ全身が、その背中が、その手の小さな事に思わず息を 吐く。
 どうして、リナはたった一人だけで。
 魔族、神族は元より、人の間ですらも中心になって戦いや争い や、災いに巻き込まれなくてはならないのだろう。
「それに、この世界の外側が水の中とかだったりしたら困るっしょ?
 何よりさ、まだこの世界の名物料理。全部食べ終わってないし、そ んなヒマないじゃん?」
 二人の上では、変わらずに青い空の中を浮かぶ雲があって。風を 受けて、次々と姿を変えている。
 時々、思い出したように「いちご」とか「メロン」とか言いながら指を さしてる姿もあったりするが。
「ここも悪くないけど、これから夏になるだろうしなあ」
「今年こそは、涼しい夏にしたい!」
「暑い夏だっていいじゃないか、海だって山だって気持ちよいし。暑 いからかき氷だってビールだって枝豆だって旨いんだし」
 ガウリイが頭を使ってる!?
 今年はどこへ行っても冷夏か雪か、魔王の復活かっ!?
 等と一瞬だけリナがびびりまくったりもしたわけだが、冷静になって 考えれば。話題は食べ物の事なのだ。
 そう、ガウリイがどれだけくらげ頭でも。食べ物の事ならば、憶えて いても不思議でも何でもない。
「そりゃそーだけど、あたしは暑いのと寒いのと、お腹が空くのと疲れ るのだけは我慢出来ないしぃぃぃぃぃぃぃ」
 人は、それをワガママと言ったりするが。
 意外なことに、過去の教訓の為にガウリイは何も言わなかった。
「じゃあ、次の夏までここにいるのか?」
「それも悪くないかもね」
 世間的には秋と呼ばれる頃、この付近はすでに豪雪が積もってい る。
 次の、世間的には夏と呼ばれる頃まで。村から出るのは大変に難 しいだろう、しかしリナと
ガウリイが村に住むのは可能なのだ 
 普通ならば、最近までは存在すらメジャーではなかった。当然の 事ながら、閉鎖的だった村なわけで、今でも観光客への対応は良い とは言えない。しかし、この村には、小さすぎて涙も出ない魔道士教 会があるし。ガウリイもこれまでと同じ、何でも屋みたいに子供の世 話から家の修理までこなす事で村人と同化して暮らす事だって出 来る。
 山の中で面倒な道のりながら、わずか2日ほどでセイルーンまで 行く事が出来るし。山越えさえ出来れば10日もかからずにゼフィー リアへ行く事だとて出来るのだ。
「でもさ」
「なに?」
 風の揺らす木が、お休みの終わりを告げている。
 空気に湿り気を帯びてきて、また当分は面倒な日々が続くだろう。
「ここにいたら、ごちそう食べにいけないじゃん?」
 リナが起きあがる気配がして、ふと見れば。
 リナが体についたらしい、葉を払っている。
「さ、帰ろ?」
 逆光を浴びて、まぶしい太陽の光の中。
 さしのべられた手の感触と、暖かさ。
「ああ」
 返事をするよりも早く手に触れて、同時に立ち上がり。
「ほら、頭にもついてるぞ」
 言いながらも、頭についた草葉を取る。
 知られないように、髪へ口づける。

 

 魔女と言う名の聖女に捕らわれた騎士と言う、そんな存在がいる らしいけれど。
 案外、こんな気持ちなのかも知れない。

 


 

      終わり



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