提案者、相方(笑


 一月二日。
 昨日の宴会疲れのため、珍しくとろんとした目でベッドの下から這い出た相良宗介は。
「……よっ。あけましておめっとさん」
 ちょこんとしゃがんで、小さく手を上げているクルツの姿を見るなり。
 無言で、もぞもぞとベッドの下に逆戻りした。

「お前ね。せっかく休みもぎ取って来てやった親友に対して、そういう仕打ちはねーだろ?」
「うるさい。だいたい、何しに来た」
「もっちろん、正月早々、ソースケちゃんの顔を拝みに来たのよ。俺は」
「なら、もう顔は見たのだから、さっさと帰れ」
 命令口調。しかもやたらぶしつけな宗介の言葉に、クルツは顔を膨らませた。
 とはいえ。
 宗介も、この日はゆっくり寝ようと思っていたのだ。ただし、ベッドの下で。
 護衛対象の千鳥かなめは、ニューヨークで働いている父に会いに行くからと今日から出かけていった ……というのもある。
 彼女の事が心配ではあるのだが、レイスがこっそり同行すると言っていたから、何かあったら連絡も入 るだろう。その時はその時で、やはり忙しくなるのだが。
 それでも、久し振りの休養である。それを、この男は邪魔しようとしているのだ。多分。
 だからつい、こうぶしつけな態度を取るのだが。
「コーヒー貰うぞ。お前も飲むだろ」
 と、彼は勝手知ったる何とやらでキッチンに向かっている。
 こいつはいつもこんなペースなのだ。
 勿論彼に勝った事はないから、宗介は渋々頷くことにしている。半分、諦めもあるが。
「ほい。砂糖入れてるから」
「すまん」
 そして、仕方なく彼に付き合うことになる。

「つーか、ホントに正月気分ってのがないな、お前」
「何が」
「だってよー。正月なんだからもうちょっと雑煮とか作って……あ。お前雑煮知らねーんだっけ」
 コーヒーをすすりつつ、クルツは気が付いたように呟いた。
 彼の言葉通り、宗介は、新年を始めて日本で迎えるのだ。
 もちろん、以前いたアフガンにも新年を祝う風習はある。
 しかし暦の上で3月頃に行うので、所謂正月という概念が薄かった。
「――よし。この俺様が、腕によりをかけて雑煮を作ってやろう」
「雑煮、というのは何だ」
「ま、食ってみりゃ分かるさ」
 よっこらしょ、と立ちあがったクルツは、さっさとキッチンに向かっていった。


「出来上がりー。ほれ、これが雑煮よ」
 器に盛られた料理を、まじまじと見る。
 四角の焼いた餅に鶏肉、ほうれん草を入れたごくシンプルなものだ。
 汁をすすってみると、奥の深い味わいに、ほう、と息をつく。
「美味いな」
「おーよ。干し椎茸といりこと鰹節でダシとったからな。結構本格的だろ?」
「そうか」
 言いつつ、宗介はもぐもぐと雑煮の具を口に運ぶ。箸はまだ上手く使えないので、フォークで刺して食 べているのが少し間抜けだが、仕方のないことだった。
「うち、こうやって雑煮作ってたんだよなー。見ようみまねだけど、結構上手くいくもんだ」
 と、クルツも楽しそうに雑煮を食べている。
「伸びるぞ、これ」
「……餅で遊ぶなよ。おまいは」
 フォークで『びにょーん』と餅を引っ張りあげてみると、クルツは渋い顔をして一言。
「食い物で遊ぶと、罰が当たるぜ?」
「例えば」
「う?……うーん」
 ぱた、と器を置いて、クルツは腕を組んだ。
 それも仕方のないことである。
 日本には住んだことが今までなかったので、しきたりや風習にはてんで疎いのである。
「例えば、だなあ」
「うむ」
「……もったいないオバケがでる、とか」
「なんだ、それは」
「そーゆーのがいるの」
「そうか」
 それきり会話を打ち切り、二人は食事に没頭した。

「ふー、食った食った」
「うむ。なかなか美味かった」
 とりあえず食欲を満たし、満足の二人である。
「さて。これは用は済んだだろう?」
「まだ」
 にやりと笑い、クルツは宗介に近付いて。
「姫はじめが終わってない」
「……なんだ、それは?」
 聞いたことのない言葉だった。
 クルツがいうには、日本古来の行事の一つなんだそうである。
「その姫はじめとやらは、誰でもすることなのか?」
「――あー……まあ、やらない奴もいるわな」
 ぽりぽり、と頬を掻いて説明するクルツに、宗介は真剣な表情で尋ねた。
「大切な行事なのだろう?」
「まあ、大切っつったら大切だな」
 そして、宗介の顔をじっと覗き込んできて。
「だったら、教えて欲しい?」
 その瞳に、宗介は一瞬言葉に詰まる。
「教えてやってもいいぜ?実践でな」
 と、言ってきた次の瞬間には、ベッドの上に押し倒されていた。


 そこから先は、思い出したくもない。
 いきなり口づけられて、身体中も口づけられて。
 優しい声としつこく触れる手。
 それから。
 
 次に気がついた頃には、横でクルツが寝そべっていた。
 にーっこりと、爽やかな笑顔を浮かべたままで。
「ど?これが姫はじめ」
 などと、これまた爽やかな口調でのたまったくれた。
 当の被害者――宗介の方は、爽やかな状況でいられるはずもない。
 何せ、彼が気の済むまで弄ばれて突き上げられて。
 恥ずかしい声を一生分上げまくって、今や声を枯らしているような状態なのだ。
 ――いつもと変わらないじゃないか……
 と言葉を出したかったのだが。
 真っ最中の彼の声やいろんなことが、とても心地好くて。
 それが、今の自分にとってはかけがえのないものと知っていたから。
 仏頂面に少し朱をさしたまま、宗介は小さく呟いた。
「……勝手に、言っていろ」


 数日後。
 千鳥かなめに『姫はじめ』のことを尋ねると。
 ハリセンで何度もはたかれた上、こんこんとお説教を食らい。
 そして。
 
 メリダ島の基地にて。
「クルツ、貴様!!!」
「わーはっはっは、お前だって悦んでたくせに!」
「うるさい、いい加減に殺す!!」
 やたら物騒な宗介とは対照的に、面白がっているクルツの追いかけっこを目撃したテレサ=テスタロッ サは、かたわらのメリッサ=マオに。
「どうしたんですか?あの二人」
「さあ?」
 と、言い合っていたのは……どうやら、別の話のようである。