Oh My God!!


「……どう思います、メリッサ」
「……何がどう思うのか、そこから説明してよ……」
 開口一番に言い出した彼女――テレサ=テスタロッサに、マオは小さくため息をついた。


 と、いうのも。
 最近、宗介の様子がおかしいと彼女は説明する。
 確かに、そう見えるのかもしれないな、とマオは思った。
 上司である彼女がいうのも何だが、最近の宗介は時々妙な行動に走ることがある。
 急に顔を紅くさせたりなどは日常茶飯事。
 時には、突然大声で叫んだりして、なかなかビビらされる。
「それに」
 テッサは紅茶を一口飲んで、ちらりと彼女の顔をうかがって。
「サガラさんとウェーバーさん、部屋が隣同士だって知ってますよね」
「ああ、うん」
 ふと出てきたもう一人の部下の名前に、つい頷いてしまうマオ。
「その部屋から、時々変な声が聞こえてくるらしいんです。一体、あそこで何が起きているのか……」
「……そ、そう……」
 マオはあさっての方向をさりげなく見ながら、引きつった声で答えるしかなかった。

 そう。
 マオは、知っているのだ。
 あの二人の関係を。
 夜毎――もちろん宗介がいる時限定ではあるが――聞こえて来るという声の正体も、何となく把握でき る。
 彼らは……『やっちゃっている』関係なのだ。
 声の主は、きっと宗介の方であろう。
 もっとも、他の隊員たちには内緒である。
 こういう閉鎖的な場所での楽しみといえば、この二人の関係をこっそり覗き見するくらいしかない彼女に とっては、由々しき事態になる――。
「……それに……あの、聞いてます?メリッサ」
「あ、ああ?うん。聞いてるわよ、テッサ」
 おほほと笑い、その場をごまかす。
「ウェーバーさん、最近休暇が取れたら東京に行ってることが多くなりましたよね」
「そ、そうなの?」
 内心ぎくっとしたが、その辺は隠しておく。
「……それで、メリッサにお願いがあるんですけど」
「な、何でしょう」
 平静を装っているが心臓をばくばくいわせているマオに、テッサは真剣な顔で言った。
「サガラさんとウェーバーさんが何をしているのかとかを、調べて欲しいんです」
 ――や、やっぱり……。
 ほとんど、爆弾を投下された気分である。
 というか。あの二人が、夜毎『えっちなことしてます』とは言えない。絶対に。
 知ったら、確実にこの少女は卒倒する。
「わ、判ったわ。任せといて。あは、あはははは」
 マオは乾いた笑い声をあげ、渋々彼女の要請を聞き入れるしかなかった……。


「あ、クルツ。いいところに」
 翌日。
 SRTのオフィスで報告書をだらだら書いているクルツ=ウェーバーを見つけたマオは、足早に近付い た。
「何。姐さん、なんか顔引きつってるけど」
「いいからこっち!」
 椅子に座っているクルツの腕を引っ張り、マオは自分のデスクへと連れていった。
 傍から見れば『不良生徒を説教する女教師』である。
「……あのさ、クルツ。言いにくいんだけど……」
「何だよ……あ、もしかして」
「?」
「俺のこと誘ってくれる気に……」
「なってない」
 ぽんと手を打って嬉しそうにのたまうクルツに一言釘を刺し、彼女は耳元で囁いた。
「……あんたさ、やってんでしょ?ソースケと」
「う」
 単刀直入。
 言葉を詰まらせたクルツに、ぽんぽんと肩を叩きつつ。
「安心しなさい。別にあんたがソースケとやってよーが別に問題視しないから」
 ただね、と言葉を続ける。
「しばらくは控えた方がいいわ。東京に行くのも」
「……姐さん、どこまで知ってるんだよ……」
「あたしとしては残念だけど」
「何が残念なんだよ」
 鋭くツッコミを入れられるが、それは無視。
「……どうやらね、テッサが薄々感づいてるらしいのよ。あんたたちのこと」
「え」
 ここまで言って、クルツは口をぱくぱくさせていた。
 まるで、餌を求める金魚のようである。
「冗談?」
「冗談だったら真剣に言わないわよ」
 真剣な顔つきで小さく言い合う二人。
「……しかもあの子、あんたやソースケが何やってるか調べてくれって言うもんだから、困ってるのよ。本 当に」
「そ、それは……」
 クルツも、流石に顔色が悪くなった。
「それで、よ」
 マオの表情が、にわかに引き締まった。


 数日後。
 皆が寝静まった兵舎の廊下に。
「……こんな時間に、どうして呼び出すんですか?メリッサ……」
「前に言ってたじゃない。理由が分かったから、ついてきなさい」
「ほ、本当ですか!」
 がしっと腕を掴み、喚くテッサの口を慌てて塞ぐ。
「落ち付いて、テッサ」
「ご、ごめんなさい」
 小さい声で言うと、彼女もやはり小さく言った。
「……ここよね、ソースケの部屋って」
 ドアのプレートには、宗介の名前が英語で記されている。
 二人で、そっと耳をつけてみる。
 かすかに聞こえる、声。
「ああ、サガラさん……」
 祈るように手を組んで、小さく呟くテッサに。
「……開けるわよ」
 マオは意を決して、ドアノブを捻った。
 ――神様……!!
 そして。


 二人は、ベッドの上で歌っていた。
 しかも、日本語の歌である。
 クルツは低音、宗介は高音。
 と、そのクルツの歌声が突然止んだ。
「って、おいソースケ。また引きずられてるぞお前」
「む、そうか?」
 ベッドに腰を下ろして、足でリズムを取りながら。
 その辺に散らばっているのは、ハーモニカやギターである。
「ほれ、もう一度この辺から……って、あれ。テッサに姐さんじゃん」
「……大佐殿。何故この時間に?」
 歌詞カードを手にした宗介とクルツは、口々に尋ねてきた。
「……あの、何をしてるんでしょうか……?」
「歌の練習」
 そのものずばりの回答である。
 ぽかんとしているテッサに、マオは小さく微笑みながら肩を叩いた。
「二人に問いただしたらね、ちゃんと教えてくれたわ。ほら、今度隠し芸大会やるでしょ?作戦部だけで」
「はあ」
「で、俺がこいつに何か芸でもやるかって誘ったんで、歌の練習してんだけど……まいったなあ」
 ちょっと照れたようなクルツに、テッサはマオの顔を見た。
「テッサに知られたくないから、夜中に練習してたんですって」
「そ、そうだったんですか……」
 何故か納得して、目をうるうるさせるテッサである。
「よかった。夜な夜な変な声が聞こえるから心配だったんですけど」
「いや、それは……」
 手を上げて言おうとした宗介の口元を、マオとクルツが手を塞ぐ。
「むぐもごもご」
「ごめんなー。でもほら、テッサを喜ばせようと思ってさ。内緒にしてたんだけど」
 マオから見れば見事に取り繕ったクルツの弁解であるが。
「そういうことなら、任せてください。他の皆さんにも内緒にします。――そうだわ、部屋も移動した方がい いわね」
「え?」
 マオとクルツが同時に尋ねた。
「だから、皆さんが判らないように、奥の部屋に移動した方がいいかと思うんです。ほら、ちょうどぽつんと 空いてる部屋があったでしょう?」
「……ああ、あの部屋?」
 ぽつんと空いている部屋とは、兵舎の奥にある二人部屋のことである。
 比較的雨漏りも少ないのだが、いかんせん近くにある発電室とプライバシーの関係のため、他の隊員 たちは何故か遠慮しているいわくつきの部屋だった。
「そちらに移動して、練習を重ねた方がいいと思いますし……。そうね、こうしちゃいられないわ。すぐに手 続きをしますね」
 テッサは『じゃ、頑張って下さいね』と言い残し、意気揚揚とスキップで自分のマンションへと帰って行っ た。
「……ふーーーーーーーーーーー」
「……何がどうなっているのか、俺にはさっぱり分からないが」
 同時に長い息を吐いたクルツとマオに、宗介は唖然とした顔で尋ねていた。


 次の朝。
 部屋の移動が、騒々しく始まった。
 クルツと宗介はどたばたと自分の荷物を新しい部屋に運び込み、とりあえずはその日のうちに引越しも 完了した。
 テッサはにこにことして『あの一件は忘れたことにしておきますから、頑張って下さいね』と言うだけであ る。
 とりあえず、今回の件は何とか解決という事になって。
 一人、ほっと胸を撫で下ろすマオだった。
「さあて、と」
 一つ伸びをして、マオはにやりとあやしい笑みを浮かべて。
「あいつらがいないうちに、隠しカメラでも仕掛けますか……」
 危機を脱した喜びとこれからの楽しみに、ほくそ笑んでいた。
 
「……しかし、何故俺たちはこっちに移動するのだ?」
「ま、いーんじゃねえの?」
 その夜。
 しっとりと汗ばんだ肌をさらしたまま首を傾げる宗介に、クルツは苦笑いを浮かべた……というのは、ま た別の話である。