if(もしもの話)


「どうして、そんな顔してんだよ」
 コックピットシェルから転がり出た人間を見るなり、呆然とした表情を浮かべる宗介に。
 彼は、力なく笑みを浮かべてそう言った。
「……うそ、だ。何で、お前が……」
 震える唇は、それしか言葉を出せなかった。
 AS同士の戦闘。それに辛くも勝利したのは、宗介の方だった。
 でも。
 先程まで戦っていた相手が、かつての同僚――クルツだと知った途端、宗介はひどく 狼狽していた。
「……お前、勝ったんだろ?だったら、それらしい顔、しろよ。らしくもねえ」
 息も絶え絶えに言うクルツの表情に、生気が薄れつつある。
 もう、衛生兵を呼んで応急処置をしても、意味が無いだろう。
 操縦服に包まれた身体のあちこちから、出血している。おびただしい量の紅い液体の 匂いに、宗介は慣れ親しんでいたはずなのに。
 何故、この男のものだと理解した途端、異常なほどの吐き気を覚えるのだろう。
「お前が、勝って。俺が、負けた。それだけの話だよ」
「ちが、う」
 宗介は声を絞り出した。
 いつも、傍で笑っている存在だったのに。
 嘘であって欲しい。
 けれど風に乗って漂う血臭は、まちがいなく事実だと伝えていた。
「いやだ」
「……」
 彼の血にまみれるのも構わず、クルツの身体を抱き起こした。
 力のない手が、ゆるりと宗介の頬を撫でる。
「泣くなよ」
 荒い息を吐きながら、クルツが囁く。
 その言葉に、宗介は始めて自分が泣いていることに気付いた。
 とめどもなく頬を流れる、熱い滴。
 しかし宗介はそれを拭うことなく、ぎゅっとクルツを抱き寄せる。
 綺麗に整えられた髪はくしゃくしゃに乱れ、血と泥で汚れていた。
 生気の失いかけている瞳は、どこまでも優しく澄んだ蒼なのに。
 ずっと、見守っていてくれた光を、自分は失ってしまう。
 そう、自分のせいで。
「泣くなよ、ソースケ」
 優しい、子供をあやすような口調で。クルツがゆっくりと囁いた。
「……笑ってみ?」
「え」
 突拍子も無い言葉に、宗介は目を丸くした。
「笑ってくれよ。俺……一度も、お前が笑うところ、見たことないから」
「しかし、俺は……」
 宗介は、笑うことを知らなかった。いつだったか、クルツに学生証の写真を撮っても らった時、出来上がった写真が顔面神経痛状態だったのを思い出す。
「簡単だよ。こうやって……」
 頬を撫でている手が、そっと宗介の口の端に伸びた。
 そして、優しく引くように動かす。
「口の端を引いて……そうだ」
 宗介は見ることがなかったが、クルツは満足そうに笑みを浮かべる。
「そうやって、笑うこと、忘れんなよ……」
 その言葉を最後に、クルツの手がだらりと垂れ下がり――

 
「……」
 目を開けた宗介の視界いっぱいに、白い天井が広がっていた。
 心なしか、目に映る光景がぼやけて見える。
 夢だったのかと悟った瞬間、言い様のない安心感に襲われた。
 目を軽く瞑って手の甲でこすってみると、濡れた感触に気が付いた。
 そこでやっと、自分は泣いていたのだと知る。
 ふと、宗介はかたわらに目をやった。
 全裸でシーツに包まり、すよすよと静かな寝息を立てるクルツの顔。
 やたらと満足そうな顔をしていたのは、今はどうでも良かった。
 しなやかな金色の髪を軽く梳いて、宗介は彼の顔をじっと見る。
 
 
 いつか。
 彼と、戦う日が来るのだろうか。
 彼と、生死を分かつ日が来るのだろうか。
 そして、その時。
 どちらが生き延びて、どちらが死ぬのだろうか。
 

「お前は、死ぬなよ」
 宗介は、眠っている彼に囁く。
 もう、ひとりぼっちはたくさんだから。
 自分を抱きしめて、撫でてくれる手を失いたくないから。