なつまつり


 きみがいたなつは とおいゆめのなか

 そらにきえてった うちあげはなび


「おお、懐かしいなー」
「……そうなのか?」
 デパートからの帰り道。
 ふと流れてきた有線の音楽に聞き入っているクルツに、宗介がいつもの調子で尋ねた。
「ああ。ガキの頃、よく有線で流れてたんだけどさ。夏になるとTUBEとこれがよくかかるんだよな」
「……そうか」
「ほら、今日はこの近くの神社で夏祭りがあるんだろ?時期的にぴったりの曲だろうが」
「俺には、よくわからんが」
 相変わらずの態度で言葉を返すと、彼は改めてため息をついた。

 休暇を利用して、クルツは東京にいる宗介のマンションに遊びにきた。
 そこまではいい。
 目ざとくマンションの回覧版を見て、夏祭りがあることを知った彼は。
 突然、デパートで浴衣を買いに行こうと言い出した。
 されるがままに引っ張られて、デパートの浴衣売り場でクルツが一方的に買い物を済ませる。
 宗介の方は、買い物の注文すら受けさせては貰えなかった。
 当然といえば、当然である。
 何しろ彼は、突然店員に『浴衣を出せ』と言いながら愛用のグロッグを構え、異常に怯えさせてしまった のだから。
 もちろん、その横でクルツが頭を抱えたりするのだが。
 ともあれ何とか怪我人も出さずに買い物を終わらせて、二人はさっさとマンションに戻っているところ だった。
 買ったのは、浴衣2着に帯二本。下駄も2足。
『日本の祭を教えてやる』と、クルツが豪語しているが。
 宗介には、何が何やらさっぱりわからない。
「だいたい、何故わざわざ服を新しく買ってまで祭を教わらなきゃならんのだ」
「黙れ。戦争バカのお前に日本情緒っつーもんを教えてやる。ついでに飯も済ませるぞ」
「……食事をどこで」
「夜店ってのを知らんのか、お前は」
「……屋台みたいなものか?」
「……屋台が判れば大丈夫だな。そんなもん」
「だが。何故、いつもの服で行かずにこんな服で」
「……いい加減しつこいぞ、お前」
 堂々めぐりの質問をかます宗介に、クルツは恨めしげに睨み付けた。


「――さてと。ソースケ、こっちきてみ?」
「うむ」
 着方を知らない宗介のために、わざわざクルツは浴衣を広げて待つ。
「ええい、そのランニングは着てなくていいから」
「……寒くないか?」
「寒かねぇ。つーかだな、このクソ暑いなか、どこの世界に浴衣の下にランニングを着るバカがいるよ。
 そういうもんは着ない方が粋なの」
「そうなのか?」
 これ以上言葉に出さずに、クルツは黙々と作業を進めた。素肌の上に浴衣の袖を通させ、帯を巻きつ けて締めてやる。
「ほれできた。鏡見てみ?」
「……なにか、足が涼しい」
「だからって、カーゴパンツを履かないよーに」
 いそいそとカーゴパンツを履こうとした宗介に、クルツは冷ややかにツッコミを入れた。
 

 笛と太鼓の音が聞こえてくる。
 神社の特設テントの中で、十数人の人々が演奏している。
 クルツと宗介は浴衣姿で、下駄をからころと鳴らしながら夜店が並ぶ道を歩いていた。
「あれは何だ?」
「ああ、ありゃお面」
「あれは?」
「あれはカルメラ焼き。甘いぞ」
「あれは?」
「あー、あれは綿菓子。ざらめっていう砂糖を使って作るんだな」
「あれは何だ?」
「あれは輪投げ。あーやって輪を投げて通すと、ものが貰えるんだよ」
 珍しいものだらけのものを見る宗介が次々と質問をぶつけ、律儀に一つ一つ答える。
 クルツは今回、普通に日本語を使うことにしていた。まっとうに注文の出来ない宗介に通訳をやらせるく らいなら、自分で二人分を注文した方が早いからである。
 宗介は一目見て気に入ったらしいボン太くんのお面を被らせてもらい、興味津々といった顔で夜店を見 ている。
 もっとも、クルツが見たところでの判断によるもので、いつものむっつり顔に変化がみられないのだが。
 それでも、宗介本人にとっては非常に貴重な経験をしているらしい。見たところ、今は武器を何処からと もなく取り出すような真似をする暇もないようだ。
 ――ほんっと、こうしていると普通のガキなんだよなあ。
 いつもよりは幾分か楽しそうにしている宗介を眺め、クルツはこっそりと口元をほころばせた。


「どうよ、祭の情緒ってもんがわかったか」
「情緒というより、ただひたすら食べていただけのような気がするが」
 自慢げに語ってたこ焼きをぱくつくクルツに、宗介がいつもの口調で冷静にツッコんだ。
「……神社というのは、こんなに騒々しいものか?」
「いつもは違うと思うけどな。俺、こっちの方はあんまし詳しくないし」
「それに、たくさんの像が建っている。何故かわからん。神というのは、一人だけだろう?」
「んー、八百万の神様ってな。願い事の数だけ神様がいるんだと」
「そんなに必要か?」
「あー、分担制なんだろ。神様も」
 説明するのにも一苦労である。
 クルツは十四歳まで日本に住んでいたから別に構わないのだが、宗介は人生の大部分を紛争地帯で 育っている。
 きっと神を信じるという概念がないのかもしれないが、以前イスラム教を信仰していたとかしていないと か、というのを聞いたことがあるだけに。
 いちいち説明をしなければならない彼の苦労もひとしおである。
「さて、メインイベントが始まるまでに帰るとするか」
「メインイベント?」
 大きく伸びをするクルツの横で、おうむ返しで宗介が尋ねた。
「そ、メインイベント。打ち上げ花火があるんだが、混雑も凄いからな。マンションの窓から見るんだよ」


 ……ぽん、ぱらららら……。
「……おい」
「ん?」
「メインイベントはどうした」
「んー、じゃ、途中で止めて花火でも見るか?」
 宗介の上にのしかかったままにやりと笑うと、彼は小さくため息をついた。
 実はマンションに戻るなり、クルツは彼をさっさとベッドに引っ張り、あっさりと押し倒したのだった。
 少し時間を掛けて唇を重ね、その隙に浴衣の合わせ目から手を差し入れる。
「……結局、これが目的だったんじゃないか……」
「まーね。祭はついでかな」
「わざわざ新しい服を買ってまで、ついでか」
「お前、いい加減しつこいよ」
「別にしつこくない」
「じゃ、なんで服にこだわってるんだ。お前は」
「…………」
 と、突然宗介が黙り込んだ。
「?」
 何もやってる最中に言い合いになるのもどうかとか考えているうちに。
 ぽつん、と何かを言った。
「……何?」
「なんでもない」
 聞き返すも、いつもの仏頂面で返してきた。
 とりあえず、クルツは事を続行することにする。


「あー、花火終わっちまったな」
「……もう、いい」
「んにゃ、まだ方法はあるぞ」
「?」
 情事のあと。
 汗ばんだ肌をさらしたまま、訝しげに聞いてきた宗介に。
 クルツはにんまりと満面の笑みを作って、立ち上がった。
 

 持ってくるのは、バケツにろうそく。
 宗介からジッポーライターを借り、ろうそくに火をつける。
 出したのは、コンビニでビールと共に買っておいた花火セット。
 二人で浴衣を着なおし、マンションを出て、近所の駐車場で準備をしていた。
「ほれ、これ持って」
「うむ」
「火付けて」
「ああ」
 ぱちぱちと景気のいい音と共に、花火が色とりどりの光を撒き散らす。
「どうよ、これもなかなかいいもんだろ?」
「……そうだな」
 同じように花火に火をつけながら笑う。
「……さっきの話」
「あ?」
「これ、いいな」
「……何がだ」
 珍しく濁した言葉遣いに、クルツは少し眉をひそめた。
 と。
「…………」
 耳元で、宗介が何かを囁いた。
 はじめはきょとんとしていたが、やがて笑みを浮かべて。
「どういたしまして」
 クルツは、にっこりと『お兄さん』な笑みを作った。


 なつまつりと、ゆかたと。
 はじめてきいた、『ありがとう』のことばと。
 はなびのひかりといっしょくたになって、
 なつが、すぎてゆく。