『Pride』


「末期だな」
「知ってるさ」
 アマルガムお抱えの医師が下した判断に、ガウルンは肩をすくめて答えた。
 違和感は、かなり前からあった。
 時々意識する痛み。自分の身体が、急激に衰えていくいやな感触。
「ならば、何故契約した?」
「ああ?」
 余りにも不機嫌な医師の問いに、ぶっきらぼうな表情で睨みつける。
 自分の事は、自分がよく判っている。それを他人にいかにもな顔で指摘されるのは、まっぴら御免だっ た。
「契約も参加するのも、全部俺の勝手だ。それを、つべこべと文句垂れるいわれはない」
 ぴしゃりと言って、切り捨てる。
 どうせ身体の何処を切っても、癌細胞で溢れている。彼は、そう解釈していた。
「だが……」
「しつこいね、あんたも。いい加減、殺すよ?」
 なおも食い下がる医師に、彼は冷めた口調で脅し文句を吐いた。



 自分は、とっくに死んでいる。
 少なくとも、そう思っている。
 あの時。
 同じ日本人の少年が、ライフルで自分の額を撃った時から。


 以前チタンを頭に埋め込んでいたのは、紛れもない幸運だった。
 そしてその日を境に、生まれ変わった。
 標的が、そこにあったから。


「……お前は、何故その身体で戦おうとするのだ」
「あ?」
 また陳腐なことを。
 そう思って、ガウルンは医師の目を覗き込んだ。
 唇をかすかに震わせて、それでも何とか自制心を保とうとしている表情。
 こういう顔を見ると、踏みにじってやりたくなる。
 そう思った瞬間。
 ふと、あの少年の顔と重なった。
 幻、なのかもしれない。
 あの少年は、強いから。静かな瞳で、淡々と、死体を片付けていた小さな身体は。
 それは憧れだったのだろう。そうなりたい、しかし、そうはなれなかった自分。
 人を殺すことの快感を覚えた自分と、覚えなかったあの子供。
 しばらく無言でいたが、やがて。
「そうだなあ……」
 ガウルンは、唇の端を吊り上げた。
「プライドがあるから、かね」


 聖人だったあの子供は、やがてただの陳腐な人間になった。
 それならば。
 いっそのこと壊して、潰してしまえばいい。
 そうしたら、瞳の奥の聖人はずっと生き続ける。


「ここにいたのか」
 部屋の中に、第三者が割り込んできた。眼鏡を鼻に引っ掛けて、小太りの身体をスーツで詰め込んだ 男。
 確か、クラマとかいったか。
「御指名だ。次の作戦の説明をする」
「ああ、すぐ行く」
 そっけなく伝えると、男はさっさと部屋を出ていった。それを確認してから、ポケットの中を探って煙草を 取り出し、ライターで火をつけた。
 無言で灰皿を差し出した医師は、半ば諦めた表情をしている。ガウルンは苦笑して、それを受け取っ た。
「俺は、泥を啜って惨めに生きるよりも、散り様を見せつけてやりたいのさ」
 そう言って、煙草の先端に診断結果の用紙を押し付けた。
「……」
「だから、俺は死ぬために生きてやる。それが、俺の最後のプライドだ」
 灰皿の上で瞬く間に燃えていく用紙を見るガウルンの瞳は、医師とは違う誰かを見ていた。


 そうだろう?カシム。
 彼の言葉は、あの黒髪の少年に届いたのか――。