smoking...(side C)


 久し振りに、宗介がメリダ島の基地にやってきた。
 ASの訓練演習が目的だった訳だから、これが終わったらさっさと東京に帰るらしい。
「面白くねーの」
 兵舎の一室で、クルツはいつものようにぼやいた。
 折角久し振りに会うんだから、ちょっとは構ってくれてもいいのに。
 火をつけた煙草にも手を付けず、ただぼんやりとしているだけの時間。


「何が面白くないのだ」
 声がした。
 振り向いてみると、宗介がいつものむっつり顔で立っている。
「別に」
「そうか」
 灰皿の煙草を消し、新しい煙草を取り出す。
 それを見て、宗介はぽつりと言った。
「美味いか」
「美味いわけないだろ」
「じゃあ、何故吸うんだ?」
「……うーん」
 言われて、クルツは悩んだ。
 初めて煙草を吸った時は、いつだっただろうか。
 たしか、15の頃。
 おもしろ半分で吸い始めただけだった気がする。
 でも。
「……何か、イライラしたら吸うんだよな。あと、落ちついたっていうか……」
 言葉を濁しながら、取って付けたように言う。
 ふと、クルツは彼を見てぎょっとなった。
「な……」
 宗介は何を思ったか、クルツの煙草を手にして火をつけようとしていた。
 しばらくして。
「げほ、ごほっ!けほっ……」
 むせた。
「あーあ。思いっきり肺に入れるから」
 返せ、と言いながらクルツは宗介の手から煙草を奪い取り、軽く一口吸う。
 そして。
 彼の顎を指先で支え、そっと唇を塞いだ。
「……ん……」
 目を閉じる宗介に、ゆっくりと舌をからませてやりながら。
 吸った煙を、彼に送り込む。
 ちりちりと、煙草が燻る音だけが、二人の間にはあった。
 やがて唇を離してやると、宗介はちょっと顔をしかめて。
「……あまり美味くない」
「だから言ったのに」
 小さく苦笑を浮かべる。
 時々、思うこと。
 この少年は、まだまだ子供なのだ。
 だから、自分と対等になりたくてこんな行動をするのだと思う。
 でも、クルツ自身も同じだった。
 ただがむしゃらに生きて、突っ走ってきたあの日。
 それはもう遠い日のように思えるが、それでもまだまだ子供だと感じる。
 だから。


「なんなら、煙草の吸い方でも教えようか?」
「……別にいらん」
 呟いて、宗介はごそごそとポケットを探り始めた。
 手には、いつか持って行ったはずのマルボロとリベラが握られている。
「やる」
「へ」
「俺は、いらないから」
「……ん、さんきゅ」
 笑みを浮かべて、クルツはさっさと机の中にしまうと。
「いつも」
「ん?」
「抱き合った後、お前が煙草を吸っているのを見ていたから」
「あ……」
「だからだ」
 何が言いたいのか。
「煙草、止めた方がいいんだろ?」
「いや、そうじゃない」
 答えて、宗介はそっとクルツに寄り添った。
「逆に、煙草を吸っていないお前を想像するのが難しい」
「……何だよ、それ」
 ぶすっとふくれると、宗介は小さく笑みを浮かべた。
「拗ねるな」
「うるせえ。犯すぞ」
 ほとんどやけくその言葉に、宗介はクルツの顔をじっと見て。
 それから、軽く口づけてきた。
 ぽかんとして凝視するクルツに、彼は。
「言わなくても、勝手にやるだろう?お前は」
 そう言って、抱きついてきた。
 ……もしかして。
「お誘い、かね?」
「そういうことにしておけ」
 小さく尋ねるクルツに、やや顔を赤らめて宗介が囁いた。


 何でもない日。
 ゆっくりと二人だけで、過ぎてゆく時間。
 しかし、その時間を、二人は心ゆくまで楽しんでいた。
 そして。

「珍しいよな。お前の方から誘ってくるのは」
「俺もだ。こういう感情を持つのは、自分でも不思議なのだ」
「だろうなあ」
 くくっ、と喉の奥で笑い、クルツはベッドの脇の灰皿に煙草を押し付けた。
「馴れたみたいだな」
「ああ。あまり……その……痛くは、なくなってきた」
 恥ずかしそうに濁して言う宗介の表情が、何だか可愛いと思う。
「……んじゃ、よかった?」
「う」
 あっさりと聞いてみると、宗介は言葉に詰まり。
 やがて。
「……たぶん」
 よくわからない感想である。
「お前は、どうなんだ?」
 顔を真っ赤にしたまま聞いてきた宗介に、軽く笑みを浮かべて。
「……すっげえ、よかったよ?」
 と、低く優しい声で囁く。
 もうこれ以上は恥ずかしくて聞けないのか、宗介はシーツを頭から被ってしまった。
 その反応に苦笑いをして、クルツはまた新しい煙草に火をつけた。
 吐き出すたびに、ゆっくりと視界がぼやける。
 紫煙が作り出す陰影を眺める。
「……クルツ」
「あん?」
 シーツの下から聞こえた声に、反応すると。
「お前だけ、だからな」
「……何が?」
 不意に、宗介の目が真剣になっているのに気が付く。
「こういう……抱き合うようなことを許せるのは、お前だけだからな」
「……わかったよ」
 静か口調で言うと、宗介は安心したように薄く笑みを浮かべた。


 煙草と、人のぬくもりと。
 一緒になって、ゆっくりと、夜がふける。