『ただいま』


「はー、いかんいかん。取り乱したわ」

 あれから泣くだけ泣きまくった千鳥かなめは、ハンカチで涙を拭い。
 ついでに『びーんっ!』と鼻をかんだ。
 その横で、相良宗介がしょぼんと身を小さくしているが。

「――で」
 ふと振り返り、かなめは小さくなっている宗介を見た。
「どお?もう、落ち着いた?」
「……ああ」
 何と言ったら分からないが、それだけ答えた。
 そお、と小さく言い、かなめはてくてくと歩き始めた。
 その後を宗介が追う。
 いつもの、ありふれた光景だ。


 ただ、だらだらと歩いているだけだ。
 二人は何となく、屋上にやって来た。
「やっと、帰って来たって感じ、してる?」
「む?」
 以外な問いに、宗介はきょとんと目を丸くした。
 帰って来た。
 この街に。
 血生臭い戦場から、笑っている彼女の傍に。
「……そうだな。帰って来た」
 呟いて、宗介は軽く伸びをする。
 それから、床に腰を下ろした。かなめも、それに倣う。
 しばらく、二人は空を眺めていた。

「――テッサから、聞いたよ」
「ああ」
 不意に出てきた上官の名前に、宗介は小さく頷いた。
 もしかしたら、今回の自分の我侭は、彼女の立場を危うくするのかもしれない。
 でも。
 自分は、戻らなければならなかった。
「収入減ったんなら、だいぶ大人しくならなきゃいけないわね」
「……」
 何の心配かと思えば。
「まあ、あたしとしては、そっちの方が大歓迎なんだけど」
 けらけらと笑いながら、かなめが言う。
 ――大佐殿は、どこまで彼女に話しているのだろうか……?
などと、余計な詮索をしたくなったりもするが、それは頭の隅に追いやった。

「……ソースケ、お帰り」
「?」
 いきなり、何を言うのだろうかと宗介が顔を覗きこんでいると。
 彼女は優しく微笑んで、続きを言った。
「帰って来たんだから、こういう場合は『ただいま』って言うのが筋ってもんでしょ?」
 彼女の言う通りだ、と思った。
 文字どおり、帰って来たのだから。
 今までは、血と硝煙の匂いが立ち込める戦場が自分の居場所だった。
 ずっと、死ぬまでいるのだと思っていた。
 だが、今は違う。
 のんびりしていて、暖かで、血も硝煙の匂いもないこの空間こそ、今の自分の居場所なのだ。
「――千鳥」
「ん?」
 ゆっくりと、呼吸して。
 そして。
「――ただいま」
「おかえり」
 宗介の言葉に、かなめはにっこりと微笑んだ。