hug


 一人きりの部屋。
 彼が任務の為にここを離れたのは、いつのことだったか。
「あいつ、無茶苦茶なことやってねえだろうな」
 主のいないベッドを見やり、クルツは苦笑した。

 戻ってくるのは、緊急の任務の時だけ。
 その間は、自分が休暇を取って向かわない限り、会う事は不可能だ。

 
「そういや、前にあいつと寝たのいつだったっけ」
 ひいふうみ、と指折り数えて。
 ほぼ三週間、彼と会っていない事に気が付いた。
「あー、早くこねーかな」
 大きく伸びをして、気だるげに呟く。

 日々は訓練と書類作成に追われ、過ぎて行く。
 その時間が、どうしようもなく長い。
 彼がいる時間は、あっという間に過ぎていってしまうのに。
 
「ったく、今日も世話になるのか?」
 何となく、自覚していた。
 あの感覚が、忘れられないことに。
 クルツは自分の右手をじっと見つめ、小さくため息をついた。
 
 始め、彼を抱いたのは、単なる興味心だけだった、と思う。
 でも、今は違う。
 
 あの仏頂面の少年が、自分の前にだけ見せる全てに。
 誰もが驚く程、目まぐるしく変わる表情。
 子供のように、拗ねたり誇ったりする瞳。
 それから。
 しなやかに、身体をよじらせるその瞬間。
 髪を振り乱し、自分だけに縋りつく手のひら。
 そして、いつもよりもずっと甘い声で、うわ言のように繰り返される自分の名前。

 それら全部、自分のものだ。
 それに気が付いた時、クルツは何とも言い難い状況に陥ったと感じた。
 しかし、気が付くのに遅すぎた。
 もう、彼の全部に惹き付けられてしまったから。


 クルツはベッドに横たわり、荒い息を吐いていた。
 その表情は、多分あの少年がよく知っている顔。
 辛そうに眉を寄せ、瞳をきつく閉じて。
 時々舐める唇は、艶かしく濡れていた。
 右手は、別の生き物のように膨れ上がった自分自身を扱き上げている。
 ちょうど三週間前の、あの情事の映像が蘇る。
 
 同じように荒い息を吐く唇は、苦痛と快楽を訴えていて。
 崩れることのない表情が歪んで、目には涙すら滲ませて。
 背中に回された指先の強い力ですら、思い出させて。
 何度も囁いてくる、自分の名前。
 ――ああ、そうか。
 その時、クルツはある結論に気付いた。
 今の自分は、あの少年を独占したがっていることに。
 
 
 限界を感じて解放した少し後、、ぼんやりとした頭でふと考えた。
 ――あいつは、俺をどう思っているんだろう?
 どうして抱かれるのか。
 仕方ないから、それに応じているだけなのか。
 それとも。

「……ま、どっちだっていーやな」
 濡れた右手を舐めて顔をしかめると、クルツはそれだけ呟いた。
 あの少年の、顔を見たい。
 黒い髪を、この手で触れたい。
 引き締まった唇を、思う様貪りたい。
 身体中に口づけて、自分の証を刻み付けたい。
 滅茶苦茶に揺さぶって、発狂させるほど身体の中を掻き回してみたい。
 喘ぎながら何度も囁く、自分の名前を聞きたい。
 その思いはまっすぐ渇望となって、心の中の欲求を増大させる。

「……早く、こっちに来いよ。でないと」
 ――俺の方からそっちに行くから。
 続きの言葉は、心の中で囁いた。
 誰も知らない、秘めた言葉。
 誰にも言いたくない、あの少年のもう一つの顔。
 それを独占しているのは、間違いなく自分だから。

 ――早く、お前を抱きたい。
 ――誰の所へも行かないように、お前の全部を縛りつけてやるから。
 その声は、誰にも届くことはない。
 ただ、あの少年へと。
 ――抱きしめたい。
 渇望は、尽きることがなく。
 ただ、あの少年を思うだけで、過ぎて行く。