「えーと。……1886、1886……あった!」 その中で、誰かが嬉しそうに声を上げた。 『福井県立鎌口(かまぐち)高等学校入試問題合格者』と、一番上に大きくワープロ打ちされた文字の下 に並んでいる、数字と睨んでいた一人の少年。 どうやら、先ほどの声の主はこの少年のようである。 「すっげぇ。やったじゃん!」 「凄いねぇ、おめでとう!」 どうやら、同級生のようだ。はしゃいでいる少年に、口々に祝福の言葉を掛けてきた。 「へへ、ありがとう」 照れながら、それでも少年は嬉しそうに礼を言った。 「父さん達に連絡して、帰るね」 「うん、また明日な」 「またね」 「うん、じゃあね」 簡単に言葉を交わして、この少年はさっと同級生達に背を向けて走り出した。 彼は学校の校門を出て、すぐ近くの公衆電話ボックスに飛び込んで、公衆電話にテレホンカードを差し 込んだ。 八桁の電話番号とスタートボタンを手早く押して、受話器に耳を押し当てる。その表情は心から嬉しそう で、相手が出てくるのを待ちきれないといった様子すら見えた。 「もしもし。……あ、父さん?僕だけど」 同じ頃。 所変わって、ここは一軒家である。こちらの方では、仲の良さそうな夫婦が電話を取っていた。 穏やかな口調で対応しているのは夫の方で、実は電話をかけている少年の父親である。 「そうか、合格していたか。良かったな」 『……うん、ありがとう。今から帰るね』 「わかった。早く帰って来るんだそ」 少年の朗報を自分の事のように喜んでいるこの男は、受話器を置くなり傍の女に声をかけた。 「喜んでくれ。あいつ、鎌口高に合格したぞ」 「まあ、良かったわ。それじゃ、さっそくお祝いの準備をしなくちゃ」 やはり嬉しそうに手を打ち鳴らして微笑んだ女は、男の妻であり。 そして、先ほどの少年の母親であった。 「さて、これから忙しくなるぞ。何たって、あいつの合格祝いだからな」 「ええ、めいっぱいお祝いしなくちゃね」 二人は、楽しそうに笑みを浮かべたまま会話を交わしていた。 「ご馳走とケーキの準備もしなくちゃいけないわね。久しぶりに腕をふるうから、手伝ってくださいな」 「もちろん。あいつの喜ぶ顔が、目に浮かぶようだよ」 ……ところが。 「ねえ、あなた。わたし、今までも充分幸せだったけど、今日という日も本当に幸せよ」 不意に彼女の口から飛び出した一言が、一瞬の沈黙を誘った。 「……どういう……事だい?」 それに、男はほんの少し眉をひそめる。 「わたしはあなたにプロポーズされた時、自分の事をすべて話したわ。それでも、あなたは共に歩くと言っ てくれた。 だから、あなたに付いて行こうと決めたの」 遠い目をして呟く女の手を、男は優しく握った。 「――そうだな。俺たちは、あの子という大切な子供がいるんだ。 君の言う通り、今まで充分幸せだった」 「……そうね。だからこれからも、幸せになりましょう。……ね、あなた」 心の底から幸せそうな彼女の表情に、男は笑顔のままで頷いた。 そこで、突然。 ピンポーン。 玄関先の、インターホンが聞こえてきた。 「もう帰ってきたのかな?」 「私も行きますわ。あなた」 二人は足早に玄関に向かい、木製の扉を開けた。 そこには彼らが待っている少年ではなく、代わりに見たことのない青年が立っていた。 「……何か、ご用ですか?」 男の方が、不思議そうに尋ねてみる。 「突然で申し訳ございません。実は息子さんに御用があってお邪魔したのですが、ご在宅でしょう か?」 「息子は今、出掛けておりまして。もうすぐ帰ってくるかと思いますが?」 丁寧な青年の口調に、どこか学習塾のセールスマンと思ったのだろう。 女はやや警戒しながら言葉を選んで返した。 「あの……息子に何か?」 もう一度、男は青年に尋ねた。 「それでは……」 呟いて、青年はおもむろに掛けているサングラスを外し、二人を見る。 「あなたたちには――用はありませんね」 「……!」 その行動を見て、二人は驚いた。 青年のその目は……何故か、不思議な輝きを放っていた。 一方。 電話を終わらせた少年の方は、駅を下りていた。 駅の名前は『大塚市』。改札口を出ると、目の前には商店街が広がっている。 彼は、一息を入れる間もなく走り出した。1歩踏み出す度に、栗色の柔らかそうな髪が風になびいてい る。 着ている服は、通っている学校の制服である。 えんじ色のブレザーと同じ色のスラックス。白いカッターシャツを飾っている紺色のネクタイは、風に遊 ばれて揺れていた。 「おや。もう帰りかい?」 突然そんな声が飛び込んできて、少年は即座に立ち止まった。小さな肉屋の前まで戻って、店員の伯 母さんに一礼した。 「鎌口に受かったんです。早く帰って、母さんにも言わなくちゃいけないって思って」 「あら!良かったねえ。そうだ、ちょっと待ちなさい」 伯母さんはショーケースから、ソーセージやハムをたくさん取り出して手際良く包むと、少年に手渡し た。 「……あの、これ……母さんから頼まれたんですか?」 「いいの。お母さんに、持って行ってあげなさい」 「そんな。いいですよ」 慌てて、包みを押し返すと。 「取っておきなさいな。坊やの合格祝いなんだから、お金は一切要らないわ」 そう言って、伯母さんは尚もにこにこと少年に包みを押し付ける。 「…それじゃ、遠慮無く頂いていいんですか?」 「もちろんよ」 そこで、やっと少年は微笑んだ。 「すいません。どうもありがとうございます」 そしてふかぶかと一礼すると、その場を元気に走り去って行った。 彼は、一刻も早く家につく為走っていた。自分の朗報を、誰よりも喜んでくれた両親の為に。 しばらく商店街の中を駆け抜けて行くと、静かな住宅街へと入っていった。少年の家は、その一角にあ る。 見慣れた風景を横目にして、彼は自分の家に到着した。 少し息を整えると、扉を開けて朗らかに声を掛けた。 「ただいま、父さん」 ――しかし。どういう事か、反応がない。 「あれ?さっきまで、父さんはいたはずなのに……」 電話をしていたからなのだが、不思議に思いつつ靴を脱いだ。 家の中は、特に変化は見られないようだ。だがダイニングを通ってリビングのドアを開けると、見知らぬ 青年がソファに腰を下ろしていた。 黒い上下のスーツに、これまた黒のサングラス。ただ不思議な事に、短めに切った髪が銀髪……といった所だ。 「え?と……あのう……」 「やあ、初めまして」 何者なのか尋ねようとした所を、挨拶でかわされてしまう。何がなんだかわからずに面食らっていると、 この青年は穏やかな口調で言葉を続けてきた。 「驚かせて申し訳ありません。あなたが息子さんですか?」 とりあえず頷くと、やや考えてから尋ねてみた。 「えと、両親に御用でしょうか?ちょっと出払ってるみたいだから、連絡入れてきますけど」 「――いえ。あなたに用がありましたので、ご両親には少し席を外して頂いているんです」 答えを返した青年の言動に不思議な思いを抱きつつ、少年は向き合うようにソファに腰掛けた。 「あの、僕に用って……。どういうご用件でしょうか?」 問い掛けてみると、青年は少し微笑んで、掛けている黒のサングラスを取った。 「ご心配なく、すぐに終わりますよ。私の目を見て頂ければ、すぐにね」 「……目を、ですか?」 青年の言われた通りに、その目を覗き込んでみる。 彼の目は、とても綺麗な金色の瞳をしていた。少年にとってはとても珍しくて(失礼な事ではあるが)、 ずっと見てみたい……とも思った。 しかし。 「……え……?」 視界が、ぐるぐると回る。そして、文字通り目の前が真っ暗になる。 少年の意識は、そこで途絶えてしまった。 ソファに身体を預けるようにして、ぐったりと横たわっている。 青年は元の通りにサングラスを掛け、小柄な少年の身体を軽々と抱きかかえる。 そして、ただ一言。 「――捕獲、完了……」 それだけ呟くと、何食わぬ顔でその場から立ち上がった……。 「あれ……ここは……?」 少年は、暗闇の中で目を覚ました。 起き上がろうとした瞬間、頭に鈍い痛みが走り抜ける。 「!……あたた……」 思わぬ痛みに、頭を抱えてかがむ……としたが、どうやら寝かされていたようだ。 そしてどこで頭を打ったのか、記憶の糸を手繰り寄せてみることにした。 だが『頭を打った』覚えというのが、どこにも見当たらないのだ。 最後に覚えているのは……家に来た、あの青年の金色の瞳だけである。 とりあえず頭痛の方も治まり、目もだいぶ慣れてきた。少年は、今いる空間の辺りを見回してみた。 周りにあるのは、コンクリート製の壁。自分の衣服以外にあるものは、真っ白なシーツだけである。 ふと。 少年は、ある事を思い出した。 『家に来た』?……家と言えば……。 「☆★★○●◎◆◇っっっ!!」 彼は、声にならない絶叫をかました。 「そーだ……家に連絡、入れてなかった……」 どうもこの少年は、自分の置かれている立場を全然把握していないようだ。 言い様によっては、お間抜けな奴である。 「どうしよう……連絡入れないと、きっと心配してるだろうし……。でも……ここ、どこか全然わかんないし……」 だからお前、自分の立場把握してないだろ……。 そんなツッコミすら無視して、シーツを握り締めたままぶつぶつ呟いていた。 そこで、突然。 「ここか、独房だぜ」 と。 声がしたのだ。 当然、自分しかいないもんだと思い込んでいた少年は、再び謎の絶叫をかます事となった。 「いやー、悪い悪い。まさか他人が入ってくるなんて、これっぽっちも思わなかったもんだからさ。俺」 そう言ってシーツの中から起き上がってきた『それ』は、人間だった。 「ほらほら。足ついてるんだから、怖がるなって」 『ほれほれ』と言いながら、シーツから足を上げて見せるこの人間は、艶のある黒髪を一房だけ腰の辺り まで伸ばし、襟足の所で髪止めか何かで束ねている。 猫科の肉食獣を思わせるような目は、黒曜石のような色と輝きを持っていた。顔立ちも、どことなく中性 的である。 ちなみに、未だにビビっている少年の方も実は『男の子』とは立派に言えないような顔立ちなのだ。 大きな栗色の瞳と、全体的に女の子らしい顔立ちの為に。 昔から『あら、可愛い女の子ね』と、幼稚園から小学校低学年くらいまで言われまくっていたりする。も ちろん、今でも何故かそんな事を言われる珍事がしばしばあったりするが。 とりあえず。 「……あのー。僕、どうなってました?」 何となく落ち着いたのか、自分の状況を把握する為に尋ねてみた。 「んー……。俺の方も、よく判ってねーんだ。がたがたうるさかった、てのは感じてたけど、無視してたしな あ」 シーツの下でごそごそしながら返って来た言葉に、少しため息をついた。 「……ところで、お前の名前は?どんな形であれ、初対面なんだ。こっちも名前がねーと、どうも呼びにくいしな」 突然そんな事を言われ、少年は少し考えてから。 「……麻沙巳。芦原、麻沙巳っていいます」 「へえ。麻沙巳っていうのか。……っと、俺の名前は崎原真琴。まあ、宜しくな」 改めて名乗ってきた人間――真琴に、少年――麻沙巳はやっと笑顔を作った。 そこで初めて、疑問が生じた。この目の前の青年も、自分と同じ理由でここにいるのだろうか? 「あの……真琴さん?」 少々気まずい思いをしながら、ぎこちない口調で真琴を呼んだ。 「あん、なんだ」 「変な事聞いちゃうようで、申し訳無いんですけど。真琴さんって、どうしてここにいるんですか?」 その問いに、真琴はかしかし頭を掻いてみてから口を開いた。 「……俺か?いや、実はさ」 と、続けかけたところで。 「申し訳ありません。少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」 突然、低い男性の声が聞こえてきた。第三者が、割り込んできたのである。 ほぼ同時に驚いて振り向いて見ると、扉の向こう側に若い青年が立っていた。 「だったらさ。俺かこいつにか……どっちに用があるのか、はっきりさせてから言ってくんねえ?」 毒を含んだ真琴の台詞に苦笑して、青年は扉の窓からこちらを見た。 「……そうでしたね。では、改めて。 奥におられる方にご用がありまして伺ったのですが、後程私と一緒に来て頂きたいのですが」 「……僕……ですか?」 麻沙巳は、自分自身を指差しながら呟いた。 「ええ。後程お迎えに上がりますので。では」 それだけを言い残して、青年はその場から立ち去って行った。 靴の音が遠ざかっていくのを聞きながら、二人はしばらく顔を見合わせていた。 「何しに来たのかね。あいつ」 まず、真琴が口を開き。 「僕に用があるって、言ってましたよね」 そして、麻沙巳が相槌を打つ。 「うーん……」 駄目押しに、仲良く悩んでみた。 「……っと、さっきの続きだ。実は俺、探偵なんだけどな。この辺をうろついてたら、職務質問延々された挙句にこの中に入れられちまったんだよな」 「探偵さんなんですか?……かっこいいんですね」 「まあね、かっこいいっしょ?」 麻沙巳の台詞に、真琴が浮かれて胸を張った。 しかし、脱出しようとは考えてないのだろうか、とか頭によぎったわけだが。 麻沙巳はその考えを隅に置いておくことにして、改めて真琴の服装を見た。 青いデニムGジャンにジーンズ、下には黒いシャツを着ている。裸足に履いているのは、黒いスエード のローファーだ。 そのラフな服装が、あまりにも探偵に見えなくて。麻沙巳は首を捻りたくなったのだが、あえて聞かない 事にした。 「そういや……お前の服。どっかの制服か?」 「はい。これ、中学のです」 真琴の唐突な問いかけに、何ら慌てた様子も見せずに頷く。 「今日、高校の合格発表だったんです。それで、鎌口高校って所に合格したんです。僕」 「へえ。それじゃ、親御さんに報告しなきゃな」 「そうなんです。……でも、ここがどこなのか分からないし……。おまけに、連絡が取れるかどうかも分からなくて……」 「そうか。……じゃあ、こっから逃げちまうか」 しょんぼりとうなだれる麻沙巳に、明るい口調の真琴がとんでもない事をのたまった。 「!?……出来るんですか、そんな事…」 唐突に飛び出してきたぶっとんだ発言に、麻沙巳はさすがにぎょっとした。 「やろうと思えば出来るんだよ。これでも、探偵の端くれだからな」 そんな事を言いながら、真琴は紙とペンを何処からか出してきた。……まるで、手品のように。 直後、真琴はくるりと麻沙巳に背を向けた。『るんるん』と楽しそうに何やらしているようだが、その姿は 妙に不気味である。 「ほい、出来上がりっと」 明るい声と共に振り返った時、真琴の手には『どこからか出してきた』小さなカプセルがぽつんと収めら れていた。 「これ、お前にやるよ。俺は今から寝てるから、中身でも眺めてな」 そう告げると、彼は頭までシーツを被って横たわった。 あっけに取られている麻沙巳を尻目に、彼は夢の世界へと旅立って行ってしまったのである。 「中身でも……って、あれ?」 麻沙巳は、透明なカプセルを見て驚いた。その中には、小さな紙切れのようなものが入っている。 何とか苦労して、そのカプセルを開けてみる。すると、細かく折りたたまれた紙切れの中に、さらに小さ な字で細かい手紙が書き込まれていた。 まさしく、麻沙巳に宛てた手紙であった。 麻沙巳は、誰にも気づかれないようにその手紙に目を通した。 しばらくして。 扉が、音もなく開いた。不意に飛び込んできた眩しいほどの明るさに、麻沙巳は少し目をしばたかせ る。 「お迎えに上がりました。ご同行、お願いできますか」 扉の向こうで声がした。先程やってきた青年だ。 「……わかりました」 立ち上がって答えた麻沙巳は、ちらりと盛り上がっているシーツの方を見た。その中では、真琴が不気 味なほど静かに眠っている。 「あの」 「なんですか?」 呼ぶ声に、青年は静かに反応した。 「僕、家に帰れるんでしょうか?」 「あなたが我々に協力して頂けたのなら」 問いかけた麻沙巳にそう答えると、青年は流れるような動作で手を差し伸べた。 「これから別室に参りますので、私について来て下さい」 丁寧に言って、彼はこの部屋を出る。麻沙巳は少しためらったが、青年の後を追って歩き出した。 「もうすぐ、着きますよ」 麻沙巳よりもずっと年上に見えるこの青年は、歩きながら穏やかに告げた。 二人は今、機械的な通路の中を歩いていた。 その麻沙巳の方は、真琴が手渡した手紙の内容を思い出していた。 ――とりあえず。今これを読み終わって。 実行している頃には、俺はまだ眠っている事だろう。 まず、一つだけ忠告しなければならない事がある。 この手紙の内容を、決して他人に知らせてはいけない。 万が一知られた時は、この俺でも保証はできないからだ。 さて。今俺たちがいるのは、ある製薬会社の工場である。 何故ここにいるのか、等は判明できないが。 問題は、どうやって君を抜け出させるか、である。 君があの男と出ていってしばらくしたら、俺は行動を始める。 この工場のあちこちに爆弾を仕掛け、彼らの注意をそらす。 君は彼らの隙をついて、逃げて欲しい。 こちらの方からも、迎えを出す。 黒い車体に赤いラインのバイクで工場に乗り込んでくるから、すぐに 判る筈だ。 この迎えが来るまでは、何とか自力で頑張って欲しい。 健闘を、祈っている。 M,SAKIHARA ――自力で、って言ったって……。 麻沙巳は、不安そうにため息をついた。 「さあ、着きましたよ」 青年の言葉で、我に返る。顔を上げると、彼の向こうに鋼鉄製の壁があった。 彼は当たり前のように壁の横のパネルを開き、中のキーをいくつか押した。 と、壁は扉となって音もなく開き、別の部屋が現れた。 「……さ、どうぞ」 青年は、麻沙巳を中へ促してきた。スチール製のテーブルと、二脚の椅子が置いてあるだけの殺風景 な部屋である。 「……さて。まずは、あなたの名前を聞きましょうか」 テーブルに向かい合う形で座ってから、青年が切り出してきた。 「あ、……芦原、麻沙巳です」 「そうですか。……ではこれから、麻沙巳くんと呼ばせて頂きましょう」 咳払いを一つして、青年は麻沙巳をまっすぐ見た。 「そうですね。……まずは、歴史の勉強でもしましょうか。 2005年、私の所属する組織が設立されました。自分の望むものすべてを叶える事の出来る理想郷 を、日本に作る事。それが、我々に打ちたてられた目的です。 その上で総帥が支配していて、彼の指示のもとで望むものすべてを与える為の行動を始めたのです」 「望むもの?……って、例えば、何ですか」 「金、名声、その他……望むものがあれば、手段なぞ選ばなくてもいい。つまり、どんなことも許される、理想郷です」 丁寧な青年の説明に、麻沙巳は首をかしげる。 「でも、最低限のルールとかはあるでしょ?」 「もちろん、ルールはあります。 それは、総統に忠実である事。そのルールに反した者は、抹消されます」 「……抹消?」 「つまり、『死ぬ』という事ですよ」 この台詞には、麻沙巳の目が丸くなった。それに青年は小さく笑って、さらに説明を続ける。 「我々の行動は、順調に進んでいました。しかし2015年、組織の裏切り者たちの手によって総帥は殺さ れ、我々は壊滅的な被害を受けたのです。 現在のような財力と設備を取り戻すまで、25年もかかってしまいましたからね……」 ――何故、そんな事まで僕に話すんだろう……? 麻沙巳の頭に、そんな疑問が沸いてきた……ところで。 ドオンッ! 「えっ?」 「何っ?!」 突然の爆発音が聞こえてきて、二人はほぼ同時に辺りを見まわしていた。 しかし麻沙巳のほうは、直感だけで理解した。 ――真琴さんだ! 間をおいて、コール音がやかましく鳴り響く。青年は辺りを見まわしてから、扉の横の内線の方へ駆け て行く。 荒っぽく受話器を取り上げ、何か動作をした。 「何だ、今の爆発は!――何っ!?判った!」 青年は乱暴に受話器を叩きつけたかと思うと、麻沙巳の方を振り向いた。 「……申し訳ありません。今から、少し席を外させて頂きます。すぐに戻りますので、しばらく待っていて頂けますか?」 「あ、はい。おかまいなく」 「それでは」 青年は麻沙巳に一礼してからパネルを操作して、扉を開けた。 彼が出て行った後には、ただ一人残された……訳だが。 「……べーだっ」 あかんべをして、麻沙巳は始めて悪戯っぽく笑った。 「……絶対、ここから出て行ってやるもん」 麻沙巳は、青年が操作していたパネルに近づいてみる。キーの配列に少し『?』マークが頭に飛んだ が、とりあえずでたらめに押してみた。 約数分の格闘の後。 カチッ。 何か音がして、麻沙巳が一際大きなキーを押してみると。 「よし、開いた!」 そう。運良く、扉が開いたのだ。 扉の横手には、軍事用のマシンガンが立て掛けてある。少し考えた後、麻沙巳はそれを持って行く事に 決めた。 「よおし、行こうっ!」 マシンガンを手にして、簡単に辺りを見まわしてみる。誰もいないことを確認してから、そっと部屋を抜け 出した。 「……重たいな……。って、ストラップ付いてるんだな。それじゃ」 麻沙巳は、マシンガンのストラップを肩から右の方向へと掛けてみる。これなら、まだ動きやすいはず だ。 「やっぱり重いけど……邪魔にはならないから、いいかな」 呟いて、麻沙巳は走り出した。 足は徐々にスピードを上げてゆき、ちょうどマラソンランナーのような姿勢で走っていた。 その時だ。 ドオンッ! どこかで、大きな爆発音が響いた。距離としても、そう遠い所からではない。 「本当にやっちゃってるんだ、真琴さん……」 音に驚いて足を止めていた麻沙巳は、呟いてまた走り始めた。 彼が持っているのは、ちゃんとした軍事用のマシンガンである。重量も、10sを軽く超える代物なのだ。 そんなものを担いで走っていられる麻沙巳は、21世紀の街を生きる少年にしては驚くべき体力と持久 力を備えていた。 とにかく走る。走って、走り続ける。 あのシンプルで、異様な部屋から離れる為に。 そして何よりも、両親の待つ家に帰る為に。 「誰だね!そこにいるのは!?」 |