今おれは、駅のホームに立っている。 JRの18切符を使用した、ちょっとした一人旅。 他愛のない貧乏旅行だけど、おれは構いはしない。むしろ、夏に 入ったらやりたかった事の一つだった。 目的地は小さな漁港町。小学生の時に、連れて行ってもらった事 があるところだ。 その当時は、確か車で移動した覚えがある。場所と経路を調べる のに少し骨が折れたけど、それも旅の楽しみの一つだ。 おれは、そう確信している。 「それにこれくらいの苦労でもないと、面白みもありがたみもないもん な」 小さく呟いて、大きく伸びをした。 さて、これからどう移動するか…。 おれはリュックから日程表を取り出し、移動の確認をする。 「…んーと、ここからはバスで移動…か」 インターネットの普及というのはありがたい。全国の電車からバス の路線図まで、自宅のパソコンで調べることができるわけで。 昔泊まった民宿には行けないけど、どこかで野宿もいいかもしれな い。 男というのは、こういうとき便利だと思う。女の子とだと、こうはいか ない。 「さて、行くか」 日程表を元の通りにしまってリュックを背負い、おれは駅の出口に 向かった。 「…」 おれは、バス停の前で途方に暮れた。 バスは無常にも走り去って行く。1〜2時間に一本しかない便のバ スを、逃してしまったのだ。 慌てて停留所に貼りつけた時刻表を見れば、次のバスは…。 「…ない?」 身体から、体温が下がっていく感じがした。 困った。これで、今日一日の移動の予定が狂ってしまったのだ。 …駅前で野宿? いや、それでもいいんだ。いざとなったら、それくらいの覚悟は出来 ている。 「…」 ただ、問題は寝袋を敷く場所なんだが。一応持って来たのはいいも のの、どこか場所を見つけないと…。 「…い」 それに、この辺で食事のとれる場所を探す必要もある。 「…おーい」 …え? 誰か呼んでいるのだろうか。 「おーい。そこのリュックしょってる兄ちゃん。君や君」 …おれ? きょろきょろ頭を動かしていると、白い車の横でぺくぺく手を振って いる男がいた。 恐ろしい事に、堂々とバスの停車位置で車を停めている。 いや…今日のバスは終わったみたいだから、いいかもしれないけ ど。 「どないしたん。何か困りごとか」 関西弁で聞いてくるこの男は、歳の若い優男。割と知的な感じのす る、二十代前半くらいの奴だ。 初対面の相手に、この事を言っていいのだろうか? いつものおれなら、そんな考えがよぎるんだろうが。さすがに『バス がない』事実が許してはくれなかったらしい。 この初対面の兄ちゃんに、今回の事態をかいつまんで説明してし まった。 そして、始まった。 ほんのちょっと怪しい、この男との貴重な夏休みが。 |