『電子狂に捧ぐ詩』・1
 9月の初旬。
 日本の観光旅行から帰ってきた俺は、膨大な量の紙袋やらの荷 物を抱えて馴染みの店に向かっていた。
  俺の後ろをひょこひょこついてきているのは、旅の同行者兼相棒 兼被保護者兼恋人のリナである。
 彼女の持っている荷物は、小さなショルダーバッグ、ひとつだけ だ。
 リナの荷物も俺が一括して持っているわけだが、もともと力がある ので文句は言わない。もっとも、もし文句のひとつでもつけようもの なら、10倍にして返されそうな気がするので言わないようにしてい るだけだが。
 それはともかく。俺は馴染みの店――『CHAOS』のドアを開け た。
 「いらっしゃいませ。――あら。お帰りなさい」
 「よっ。ただいま」
 ドアベルが鳴ったと同時に声をかけてきた女に、俺は笑顔で言葉 を返した。
 俺ほどとはいかないが、それでもかなりの長さをもつブロンドの 髪。深い紫の瞳をこちらに向けたままの彼女は、黒のタートルネック のシャツとタイトスカート姿。その上に、やはり黒地に白文字のロゴ が入ったエプロンをつけたいでたちである。
 やや深いサイドスリットからのぞく長くしなやかな脚が、ひどく美味 しそうなのはおいといて。
 ともかく彼女は、俺の馴染みの喫茶店『CHAOS』の経営者であ る。
 「俺たちのいない間に、売り上げも減っただろ、ローラ?」
 軽く笑い、俺は彼女に言ってみた。『ローラ』っていうのは、彼女の 名前である。
 「ご心配なく。わたしのこの美しさがあれば、あんたたちのいない 分は充分補えますから」
 が、どうやら皮肉に聞こえたらしい。珍しくとげのある口調での答 えが返ってきた。
 …俺、そのつもりで言った訳じゃないのにな…。
 ま、いいや。
 「久しぶりじゃないか。どうだった?依頼旅行は」
 「おかげでね。無茶なスケジュールながら、楽しませてもらったさ」
 別の人間が尋ねてきた問いに、俺は小さな苦笑をひとつ浮かべて 答えた。
 「でも、じめじめして暑かったわ」
 横から、リナが割り込んできた。着ているのは、薄手のジャケット にカットオフジーンズ、その下は白いTシャツ姿である。
 「それは何より。それが日本の気候ですよ」
 その言葉に、これまた別の人間がにこにこして言ってきた。
 「ま、ね?楽しかったけど」
 ひょいと肩をすくめ、リナは短く言葉を返した。
 俺はリナを囲む二人の人間の会話を適当に聞き流しながら、店内 をぐるりと見回した。
 以前『自宅の一部を改装した』とローラがこの店の由来を教えてく れただけに、『CHAOS』の店内はL字型のカウンターが10席、二人 用と四人用のボックス席が四つずつあるだけだ。
 そのあまり広くない店内には、いつもたむろしている常連たちが占 拠している恰好になっていた。
 カウンターを挟んでローラと会話しているのはゼルガディス。もっ とも、俺たちはその言いにくい名前ではなく『ゼル』と通称で呼んで いるが。
 着ているのはタートルネックのシャツの上に濃紺のジャケット、そ れと薄地のスラックスにごついデザインのローファー。
 が、こいつの場合は、服装よりもその容姿のほうが目につく。
 淡い水色に変色して、硬化した全身。薄い紫の髪は、まるで針金 のような質感を保っている。
 何でも原因不明の奇病にかかったのが、事の発端なのだという。 そのとき何とか一命はとりとめたものの、その副作用で現在の身体 になってしまったのだそうだ。
 今なお治る方法は開発されてはおらず、現在はゼルの叔父にあ たる人物が治療法の開発に全力を注いでいるそうな。
 しかし見た目よりも能力がものを言うこの街で、ゼルは一市民とし て受け入れられ、駆け出しの私立探偵として日々を送っている。
 で、そのゼルの隣を陣取って、何やら格闘してるのは、アメリアっ ていう女の子。
 服装は半袖のカッターシャツに薄地のニットのベスト。紺のスカー トに白のソックス、黒のシューズ。
 別にこれが私服というわけではない。アメリアが着ているのは、 れっきとしたハイスクールの制服なのである。
 肩あたりで揃えた艶やかな黒髪と、あどけなくかわいらしい外見の 持ち主だが。実はこのアメリア、意外なことに『大金持ちのお嬢様』 なんである。
 フルネームは『アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン』。やたら長 い名前が、彼女の家柄の良さをうかがわせる。
 彼女の家――セイルーン財団は、元々は貴族なのだという。そ れ故にアメリアが何かと式典に出席することも少なくないのだとい う。
 ちなみに彼女の父上――フィルさん(通称)に会ったこともあ る。……あるんだけど……。
 何つーか、強烈な人なんだよな。
 が、さっきのゼルのように、見かけだけで判断してはいけない。俺 からすれば『むさいおっさん』の一言で終わるこの人は、環境保護 やら何やらの経歴で、数々の『名誉会長』の肩書きを持っているの だ。
 ついでに、この人にまつわる逸話をひとつ。
 以前、この人を暗殺するという事件が起こった時のこと。
 この人は、何故か拳と雄弁でもって、暗殺者を更正させたとゆー 噂がある。
 俺としてはどうにも信用できないではあるが、いざ実際に会ってみ るとそのくらいのコトは朝メシ前なんではないかと思えたりするから 不思議である。
 …話がそれた。
 んでもって、リナを囲んで話をしている一組の男女。
 俺やローラに比べれば短いが、艶やかで長い黒髪をした方がシ ルフィール。
 すとんとしたノースリーブのワンピースに、レースのボレロを羽 織っている。
 彼女はこの街に住んでいるメイクアーティスト。若手でありながら 相当の腕を持っているという評判で、様々な企業からいろんな仕事 が舞い込んで大忙しの毎日を送っている……よーには見えない。
 なぜなら。
 ほぼ毎日、ここに2〜3時間いるんですけど……。
 ま、いっか。
 で、最後。黒髪のおかっぱ頭の奴が、ゼロス。
 こいつが着ているのは、かなり値の張る一点物のスーツだ。ちょ いとこったデザインで、色は瞳の色に合わせた深い紫。胸元にさし た白のハンカチーフがキザではあるが、それはそれでゼロスらし い。
 ま、こーゆー格好をしているのでだいたいの想像はつくのだろう が、念のために確認しておこう。
 ゼロスの職業は……『ホスト』である。
 俺たちの住む街――『スィーフィードタウン』では『bP』とも言 われるほどの実力の持ち主なのが恐ろしい。まあ、それだけ女を 『その気』にさせる能力に長けた奴ということなのだが。
 その為にゼロスに惚れる女は数多く、中にはこいつのために500 万リーブもの定期預金を解約して貢いだつわものもいるそうな。
 まあ、こっちまでまわせとは言わない。言わないけれど。
 ……うらやましい……。
 ともあれ、以上4人が今日来ている常連たちである。
 さらに俺――ガウリイ=ガブリエフとリナ=インバースで、この 日の常連客は6人。
 知った顔ばかりというのが、とても気楽でいいもんだ。
 「――ところでガウリイ。その山のような紙袋、何よ」
 ふと尋ねてきたローラの言葉に、俺ははっと顔を上げた。
 「あ、これ?依頼旅行のお土産」
 そう、何故さっきから『依頼旅行』なんて単語が出てきているの か。
 実はローラのつてで、とある企業から日本の大都市を見てきて欲 しいという依頼が舞い込んできたのだ。
 何でも『日本』をテーマにしたアミューズメントテーマパークを建設 するとかで、企業の人間だけでは心もとないとしてローラを頼ってき たのだそうだ。
 しかし、ローラは店を留守にするわけにはいかない。そこで、俺た ちに白羽の矢が当たったと言うわけで。
 「色々買い込んできたぜ。――これは東京の『雷おこし』、だろ? こっちのは『人形焼き』な。あとは……ほれ!『プリクラ』!――あ、 そうそう」
 一人で土産を引っ張り出しているというのは、非常に不気味だし情 けない。
 まあ、その辺は目をつぶっていただいて。
 「どーだっ!『ピカチュウ』ってんだぞ、これ」
 「やーんっ、かわいいっっ!これちょうだいっっ!」
 その愛らしい外見に、ローラはいきなりそれをひったくって抱きしめ た。
 ……2〜3体買ってあるからいいものの……。
 女って人間は、可愛いものをみるとすぐこーゆう反応を示すのだ ろうか……。
 ま、いいか。
 「……あとは、大阪で買った奴かな。『吉本印のハリセン』、『キーホ ルダー』……」
 「あ、これ知ってるわ。『食いだおれ人形』よね、これ。こっちは…… ふぐ?」
 「そう。それ、『づぼらや』の奴な。こっちは『かに道楽』。ほら、こっ ちの『吉本キーホルダー』は、しゃべるんだぞ♪」
 「あー、本当だ♪……ガウリイ、そっちのは?」
 「これ?これは俺の分」
 ローラが指をさした先には、ビニールバッグ。俺はその正体をあっ さり答え、それから中身を取り出した。
 「……CD、と……?これ、携帯用のプレイヤーじゃない」
 「まあ、思わず衝動買いしちまった」
 そう、『ディスクマン』って奴である。いちおう自宅にはオーディオ 類があるにはあるのだが、CD関連のものがなかったのである。
 便利ではある。歩きながら聞いていると曲が飛ぶのがいただけな いが。
 ディスクマンには、あらかじめCDを入れてある。日本で買って使 い始めたのを、いまだにそのままにしてあるのだ。
 イヤホンを耳につけ、ディスクマンのプレイボタンを押す。
 デジタル音が突然入り、続いて前奏が始まった。それはテクノ調 の音楽で、ところどころに先ほどのようなデジタル音が入っている。
 
   君はいったい誰なの?
   いつも闇の帝都でやんちゃしてるけど
   メガロポリスを網羅する 幻影(かげ)はマルチメディアか
   電脳の悪魔か?

 「ガウリイ」
 ふと、イヤホンを無理やりに外された。振り向いてみると、片方の イヤホンをつまんで笑っているリナがいた。
 「――なんだ、どうした?」
 一旦、停止ボタンを押して聞いてみる。
 「また聞いてる。よっぽど気に入ってるのね」
 「――まあな」
 俺は、苦笑いを一つ。
 「……この曲さ、ある意味で電脳の世界を批判してるだろ。今の時代 にしちゃ、面白いと思ってね」
 「アメリアが聞いたら怒るよ?」
 続けて曲の感想を言った俺に、リナは苦笑いして忠告してきた。
 ……あ、そう……。
 「リナさんの言う通りですっ!」
 ……遅かった。
 振り向いた先には、いつのまにか席から降りたアメリアが仁王立 ちしていた。
 ご丁寧に、『びしいっ!』と音が出そうなほど指をさして。
 「いいですか?コンピューターの普及は、わたしたち一般市民にさ まざまな恩恵を与えたんです。コンピューターの情報は、ときに ニュースペーパー以上の速さで伝達もするんです!それに銀行の ATMでお金おろすの、オンラインコンピューターのおかげで出来る んですよ?もしなかったら、今までどおり窓口でしか扱ってもらえな いんですから!」
 以上、一気に演説をまくしたてて下さった。
 うーむ。この辺、やはりフィルさんの娘である。
 「あー、判った。俺が悪かった」
 ひとまず、『ばんざい』して降参する。アメリアがこーいう状態に なったときは、こーやってあっさり折れる方が話が進むからだ。
 「……まあ、その気持ちは判りますよ?ガウリイさん、コンピューター にはからっきしだから」
 ……あう。
 アメリアの続けた言葉が、痛い。 
 彼女の言う通り、俺はコンピューターにはとことん弱い。弱点と言 えば、これが該当するだろう。
 「……でも、一つの存在にこれだけ情報が集まるのも、嫌なものです けど」
 「……どうした?」
 息をついて呟いたアメリアに、俺はいぶかしげに彼女に尋ねた。
 「多分知らないとは思いますけど、『電脳の女神』ってご存知です か?」
 「……知らない。初めて聞くな」
 「……そうだろうと思いましたけどね」
 もう一度、アメリアは大きく息をついた。
 「……悪いコトは言いませんから、一度コンピューター雑誌を読んで くださいよ」
 「ふっ、甘いな。俺は二進法すら知らん!」
 「名前知ってりゃ充分ですよ」
 胸を張って言いきる俺に、冷たい視線でツッコミを入れるアメリア。
 「……で、だ。その『電脳の女神』…だっけ。何なんだ?」
 ひとまず本題に入るために、俺は彼女に尋ねてみた。
 「……わかりません」
 ずる。
 アメリアの言葉に、俺はイスから滑り落ちそうになった。
 「おい!?」
 「わたしが言いたいのは、正体が『わからない』んですよ」
 「……え?」
 まぬけな声を上げて、俺はアメリアを見る。
 「わかってる事はいくつかあるんですけどね。一つは天才的な プログラマーであること、もう一つはそのプログラマーは女性である こと。それと、天才的な――つまり神の技のようであることから、 『電脳の女神』のコードネームがついたこと」
 「それだけ知ってりゃ充分じゃないか。アメリアの知り合いなの か?」
 「そんなことある訳ないじゃないですか。現にその人と知りあいだっ たとしたら、自慢しちゃいます」
 「……あ、そう」
 小さい息をついて、俺は短く返した。
 にしても、だ。
 「で?今アメリアが言った『情報が集まる』っていうのは、どういう 事なんだ?」
 まずは、大切なことを尋ねてみた。
 「――うーん……『電脳の女神』の情報といっても、いろいろあるん です。たとえば『架空の人物』説とか、『女というのは嘘で実は男』説 とか」
 「ふーん」
 「――ただ一つ言えることは、『電脳の女神』の有力な情報は一 つもないってことですね」
 「?」
 俺は目をぱちくりさせて、アメリアの言葉の続きを待った。
 「どれもみんなありきたりなんですよ。ちょっとつついてみたら、ボ ロなんていくらでも出てくるし。いくら有力な情報には報……」
 そこまで言って、アメリアはとっさに口を塞いだ。
 さすが、アメリア。……でも、ちょっとばかり遅かったようだ。
 「何て言ったの?アメリア」
 ほーら、言わんこっちゃない。いつの間にやら、リナがアメリアに詰 め寄ってきていた。
 実はリナって奴は、俺でも呆れるくらいの守銭奴というか、金に関 してがめついというか。
 そもそもこいつと出会ったきっかけは、彼女の仕事でのトラブルが 発端だったし。
 ま、これは話せば長くなるので、また今度。
 「あ、いえ。リナさん……あは、あはははは」
 笑ってごまかすアメリアの顔が、ちょっと引きつっている。
「報酬って言ったわよね?今」
 しかし……今のその表情は、だいぶ怖いと思うぞ、リナ。
 「その『電脳の女神』に関する有力な情報が高くで売れるの ね???」
 「あう……」
 さらに詰め寄るリナ。だくだくと涙を流し、こくこくと頷くアメリア。
 「あきらめろ」
 んでもって、どこからか冷たいツッコミを入れるゼル。
 「もっといい方法がありますよ。その『電脳の女神』を見つければ いいんです。そしたら、もっと多くの報酬が貰えますよ」
 ここぞとばかりにゼロスが横やりを入れてきて、いやがおうにもリ ナの士気が上がる。
 俺には、止められないほどに。
 「いよおおおおっし!」
 鼻息も荒く、リナが立ち上がった。
 「その『電脳の女神』探し、乗ったあ!!」
 おー、頑張れよ。
 リナの高らかな宣言に、俺はこっそり思った……
 「んじゃ、さっそく始めましょ。ガウリイ♪」
 ずべ。
 俺は、イスから滑り落ちた。
 何故俺まで巻き込む……。
 「……何がだ?」
 とりあえず、そのままの体勢のままでたずねた。
 「だから、『電脳の女神』探し」
 「……それで?」
 「ガウリイ、あたしの保護者よね?」
 ぴし。
 痛い所をつかれて、俺は固まってしまった。
 「あたし一人でやらせる訳にはいかないわよね。あなた、あたしの 保護者なんだもの」
 ぴきっ。
 ……あう。
 こーなると、完全に俺の負けである。
 「……はい」
 深いため息をついて、そう答えるしか他にはない。
 「そうと決まったらさっさと始めるわよ!うふふ、お金があたしを呼 んでるわっっ!!」
 気合の入った声を上げるリナを見て。
 「……『電脳の女神』ってのは、罪な人だ」
 ぽつり、小さく呟いた。
 何故か。答えは簡単だ。
 女神の存在は、ここに新しい電子狂を生み出してしまったらしいか らな。
 ま、それはそれで面白くなりそうだ。
 ともかく、『電脳の女神』探しが始まろうとしていた。
 ……のは、いいが。
 「ところで、気がついたんだがな、リナ?」
 俺はふと、気になった事を尋ねてみた。
 「何?」
 「報酬の事なんだがな」
 「んーとね、あたしが8でガウリイが2」
 「少ねーぞ、おい」
 思わずツッコむ。……いや、それはどうでもいいのだ。
 もう一度整理するために、俺はゆっくりと問い掛けてみた。
 「なあ、リナ。その『電脳の女神』を見つけたら、多額の報酬が貰え るんだよな?」
 「そうよ。その『電脳の女神』を捕まえりゃ、お金はおたしのものに なるわよね」
 「じゃあ、その金はどこが支払うんだ?」
 「ええ、どこが支払うかって、そりゃあ……」
 あ、リナが固まった。
 要するに。支払われる金のほうに夢中になりすぎて、支払い先の 存在をすっかり忘れてしまっていたのだ。
 「人探しは本来警察の仕事だけど、金が動くとなれば企業が出てく るだろ。お前、そこまで考えてなかったな?」
 「……う〜〜〜〜〜……」
 きっぱり言い放った俺を、リナは悔しそうな目で見ていた。
 ……仕方ないやね。
 「――アメリア、調べられるか?」
 俺はアメリアの方を向いて、短くたずねた。
 まずはその探している大元を知らないと、動こうにも動けない。
 「――え?情報を募集している先を?」
 問い返したアメリアに、小さく頷く。
 「ちょっと待ってくださいね。そこ、念のためにって保存してあります から……」
 呟いて、アメリアはキーボードをたたき始めた。
 「何をするの?」
 俺と同じようにノートパソコンの画面を覗きこみ、リナがたずねてく る。
 「ええ、『電脳の女神』の情報を募集している企業にアクセスする んです。……あ、出ましたよ」
 しばらくして、画面が会社案内に変わった。タイトル画面には、その 社名が入っている。
 「……『トレジャーボックス』?」
 「ここの社名ですよ。もう少し待ってくださいね」
 アメリアは画面を見ながら、なおもキーボードを叩いている。俗に 言う『ブラインド・タッチ』と言う奴だ。
 「……あら?」
 キーボードを打つ、アメリアの手が止まった。画面に映し出されて いるのは、訳のわからない文字の群れ。
 「……?」
 「ここもだめね」
 小さく息をついて、アメリアは内蔵されている小さなボールを動かし 始めた。
 「どういうことだ?」
 「……募集のデータが消去されているんです。この他にも『電脳の 女神』の情報を募集している企業はいくつもありますけど、どの企業 も消去されてしまって」
 ぱたん、とパソコンを閉じて、アメリアは説明してくれた。
 「……てことは……もう見つかっちゃったの?」
 「いえ、それは決してないです」
 落胆したリナの問いに、アメリアは静かに首を振る。
 「何故言えるんだ?」
 俺も、彼女に続いて問い掛ける。
 「さっき、どの企業の募集データが消去されてる、て言いましたけ どね。企業のほうはそれを直して、また発信するんです。そしてそ れを、また何者かが消去する。……いたちごっこですけどね」
 「と、いうことは」
 リナの目が輝き、それにアメリアは小さく頷いた。
 「誰か……わかりませんけど、『電脳の女神』を見つけて欲しくない 者がいるということです。つまり、『彼女』はまだ……」
 「見つかってないのね!?」
 続きをかっさらったリナに、アメリアはもう一度頷いた。
 「やったあ!!骨折り損のくたびれもうけと思ったけど、これで何と か首の皮一枚つながったわ!あとは垂らされたくもの糸を、手繰り 寄せるだけよ!!」
 喜びながら、そんなことを言うリナ。
 「……『骨折り損』って……。お前、調べたのはアメリアだろーが」
 「そんなコトはどーでもよくてっ!」
 「リナさん……」
 冷たくツッコむ俺と、しくしくないているアメリアを無視して、リナは 勝手に盛り上がっていた。
 まあ、ともあれ。
 「……まずはその『トレジャーボックス』に、行かなきゃならない訳だ けど……」
 俺の言葉に、アメリアが小さく頷いた。
 「今行こう、すぐ行こう。早く行こう!」
 その横でわめいているリナは……おいといて。
 「でも大体の所は、アポイントがないと駄目ですよ。まして、ガウリ イさんやリナさんだと、アポイントを取り次いでくれるかどうか……」
 うーん、と悩むようなしぐさで、アメリアが言う。
 「リナ。お前の実家、何か関係を持ってるか?」
 「……ないわね。輸出入は確かにコンピューターで管理してるみた いだけど……」
 俺の問いに、踊るのをやめたリナが答えてきた。
 「八方ふさがり……?ちょっと待って、わたしの名前出してみましょう か」
 アメリアの提案に、俺とリナが彼女を見た。
 確かにさまざまなパーティに出席しているアメリアの名前を出せ ば、アポイントも簡単に取れるとは思うけど。
 「いいのか?」
 俺の問いに、困ったように微笑んで。
 「今のリナさんを見れば、こうでもしないとあとが怖いですから」
 「確かに」
 続けていった台詞に、深く頷いてしまう。
 「取れたら連絡しますよ。……さて、帰ろっと」
 いそいそと支度を始めたアメリアを見てから、俺は店内の時計に 目をやった。
 PM6:00。
 そうか。もうこんな時間になってたか。
 「リナ。一旦帰るぞ。この大荷物、何とかしようか」
 「――え?探しに行かないの?」
 「まずは『電脳の女神』を知らないとな。もしかして、何の手がかり もないまま探すつもりはないだろ?」
 「でも。そんなコトをしているうちに見つかっちゃったら……」
 「デマばかり流れてる間は大丈夫さ」
 渋るリナの頭を、撫でながら言い聞かせる。
 「まずは先に正確な情報を手に入れて。話はそれからだ」
 「ん〜〜〜〜〜〜……」
 仕方ない、という表情のリナは、やがてきっぱりと告げてきた。
 「じゃ、明日からね。明日から探そうね」
 「はいはい」
 苦笑しつつ、俺は帰る為の支度を始めた。
 ねえ。このお土産の山は?」
 「――うん、いちおう置いとく。すきなの持って行ってもいいし、食い 物は他の客にでもまわせばいいだろ」
 ローラが投げてきた問いに、あっさりと答えてやった。というのも、 たくさんの紙袋のほかにスーツケースが2つもあるからである。
 無論、俺とリナの分である。実は一旦家に帰らずに、空港からそ のままこの店に直行したからなのである。
 どうせ食い物は余らせても仕方ないし、これもいいかなとは思うの だ。
 まあしばらく、ローラの店にある謎の食い物を見て驚く客もいるか も知れないが。
 「それじゃ、いったん帰る。またあとで夕飯食いにくるから」
 「ええ。待ってるわ」
 にっこりと微笑んだローラに会計を支払った俺は、店に残っている 常連たちに手を上げた。
 「じゃ、あとでな」
 「――ああ」
 一言、そう返したのは、ゼルだった。
 店を出た俺は、2人分のスーツケースをごろごろ引っ張りつつ歩 く。
 もちろん、後ろにリナを連れて。
 「本当に大丈夫かなあ。見つかっちゃったりしないかなあ」
 なおもぶちぶち言うリナに、呆れた口調で問い掛けてみる。
 「そんなに女神が心配か?」
 「それもだけど、あたしのお金が心配なのよ」
 ――やれやれ。もう貰う気でいてやがんの。
 「!」
 ふと、俺は足を止めた。
 「ガウリイ?」
 気になるのか、リナは俺の名前を呼んできた。
 目の前に、人間が一人立っている。
 「……追うのか。『電脳の女神』を」
 低い、通る声で。そいつは言った。
 まだ明るい時間帯のおかげで、そいつの姿は簡単に判別できた。
 さらり、ざんばらに伸ばした金の髪。
 黒のジャケット、ランニング、スラックスで包んだ均整のとれた身 体。
 眼光も鋭い。俺は、ある種の緊張感を覚えた。
 「追うわよ。――それで?」
 俺の後ろで、リナが目の前の奴に尋ねた。
 「――ひとつ忠告してやろう。『電脳の女神』には、関わるな」
 ――?
 「ふざけないでよね。あたしのお金をどーしようと勝手でしょ」
 こん。
 とりあえずリナをこづいてから、俺はそいつに問い掛ける。
 「――あんた。何者だ?」
 それに、奴は口の端を歪めただけ。
 「……俺は、『ガーディアン』。『電脳の女神』を守護するもの」
 それだけ言うとくるりときびすを返し、そいつは俺たちの前から去っ ていった。
 「……ガーディアン……ね」
 小さく呟き、遠ざかっていくそいつの姿を見送った。
 「……ガウリイ」
 「心配するな。どんな奴が来ても負けやしないさ」
 「ガウリイ……スーツケース持ったままだと、どんなにかっこつけ ても間抜けなだけ」
 「……」
 そーいうツッコミしないよーに……。