『電子狂に捧ぐ詩』・3


 目の前に、ドアが見える。そこのプレートには、『第三研究室』とあった。
 なるほど、エレベーターを降りて『すぐ』の所にあるわけだ。
 ここで、腕時計を覗いてみた。
 AM10:50。
 予定通りである。
 俺はリナを連れたまま前に立ち、ドアを二回ほどノックした。
「――どうぞ」
 聞こえてきた女の声に促がされ、ドアを開けた。
 どんな所か、ある程度の予想はついていたんだが……。
 はっきりいって、凄い。
 室内はそれほど広くない。しかし所狭しと並べられたパソコンやプリンター、モニターの群れに圧倒されてしまう。
 その中で、次々とプリントアウトされていく用紙に目を通す女がいた。
 深いグリーンの髪に、白い肌に映えるショッキングピンクの唇。かっちりとしたタイトスカートとドレスシャツの上に、綺麗にプレスされた白衣を羽織っている。
「――え、と」
 どう声を掛けるか迷っていると。
「――ガウリイ=ガブリエフさんですね。お待ちしておりましたわ」
 そう言って立ち上がると、彼女は極上の笑みを浮かべた。
「あなたが、カーリーさんですか?」
 慣れない敬語で尋ねてみる。
「ええ。ここの――第三研究室の管理をさせて頂いていますわ」
「改めて……俺はガウリイ=ガブリエフ。こっちが……」
「リナ=インバースです」
 共に握手を交わす。
「アメリアさんから伺っていますわ。何でも『電脳の女神』の情報を探してくださると」
「それなら、話が早い」
「さっそく、報酬の話を……」
 こつん。
「……は?」
「いや、気にしないで」
 いらんコトを言い出したリナをこづいて、きょとんとした顔のカーリーにそらっとぼけてみる。
「確かに、俺たちは『電脳の女神』の情報を探しています。それには『彼女』を探したほうが早いかと思いまして。そこであなたに、出来るだけ協力していただこうとお願いしたんですが……」
「わかりました。私に出来ることでしたら、何なりと言ってください」
 もっともらしい理由でごまかしたが、頷いて同意してくれた。
「――それでしたら、場所を変えましょうか。すぐに準備させますわ」
 そう言って、彼女は内線電話で何やら指示を出した。
 ひととおりやり取りを済ませると、俺たちの方を向いて柔らかい微笑を浮かべる。
「お二人とも、私について来て下さい。応接室でお話をします」
 彼女のお言葉に甘えて、俺とリナは彼女の後をついて行った。
 いくつものドアを横目にした先に、どうやら目的の場所があるようだ。
 カーリーは、ドアの横に設置されている電子キーにカードを通し。
『かちん』
 そんな音が聞こえたのを確認してか、ドアを開けた。
「さあ、どうぞ。お入り下さい」
 にこりと笑い、彼女は俺たちを招き入れる。直々に通された部屋は、あくまでも事務的な応接室だった。
 深いえんじ色をした、牛革の応接セット。他にはローテーブルと、いくつもの棚。その中には、分厚い書類がきちんと並べられている。
 彼女がソファに腰を降ろしたのを見て、俺たちもそれにならった。
「――さて、どこからお話ししましょうか」
 なおも笑顔を絶やさない彼女に、俺はさっそく話を切り出すことにした。
「まずは……そうだな。『電脳の女神』とは、何者なのか」
「わかりました」
 頷いて、カーリーはゆっくりと話し始めた。
「……『電脳の女神』――彼女は、我が『トレジャーボックス』のコンピュータープログラマー。私の、友人でもあります」
「カーリーさんと?」
 びっくりした表情のリナの言葉に苦笑いして、小さく頷く。
「ええ。名前は、キャナル=ヴォルフィード。もっとも、彼女はその名で呼ばれることはありませんでしたけど」
「やっぱり……『女神』と呼ばれていたとか?」
「そうですね。彼女の、仕事上でのコードネームでもありましたから」
「その彼女は、行方不明なんですよね」
「ええ。、わかりません」
 俺の問いに、軽く頷いた。
「それでは、行方不明になったのは、何故ですか?」
 これは、リナの問いである。
「……お二人は、10年ほど前に起きた事故の事をご存知ですか?」
「――いや……」
「……すみません。始めて伺います……」
 と、問い返してきたカーリーに、俺とリナは首を振った。
「ブラフマーシティ内の研究都市の一角にある研究所が、原因不明の事故を起こしたんです。そこで、当時の関係者が一人死亡。もう一人、行方不明になりました。
 現場検証の際に、二人の血液が検出されたにもかかわらず、行方はわからないまま。
 当時は、『神が女神を迎え入れた』とも言われていました」
「その行方不明になったのが、『電脳の女神』と呼ばれていたキャナル、ですか」
「ええ。それが最近になって、彼女に関する情報が飛び込んできたんです。『女神は生きている』と」
 確認をかねて問いかける俺に、カーリーは穏やかに答えた。
 ……あれ、ちょっと待てよ?
 ルークは確か、『十五歳くらいの女の子』っていってたけど……。
「――あの、生きているとしたら……」
 気に掛かって尋ねると、彼女の表情が一変した。
「キャナルはまだ生きています!」
「……訂正しよう。今、彼女は幾つなんですか?」
 強い口調で断言されて、慌てて言いなおす俺。
「――いえ……こちらこそすみません。つい」
 柔和な表情で軽く頭を下げて、カーリーが続ける。
「キャナル……ですね。私と一緒なので、今は25になっているはずです」
 ……は?
 返って来た答えに、俺は目を丸くした。
 ……あの、年上なんですけど……。
「でも」
 不意に小さく言ったカーリーの言葉に、慌てて彼女を見る。
「でも、聞いた話によれば……彼女は、10年前の姿のままで生きているといわれているんです。文字通り、神が彼女を招き入れていたのかもしれません」
 25歳で、外見は15。ねえ。
「……そういえば。彼女――キャナルですか。この会社では、何をしていたんですか?」
「10年前の話で、よろしければ」
 質問を変えた俺に、カーリーは小さく前置きをつけて。
「キャナルは、『トレジャーボックス』での研究施設に所属していました。そこでの彼女は、プログラム開発の主任として在籍していました」
「15歳で、主任ですか?」
 驚いたように、声を上げるリナ。
「我が社では、当然の行動ですわ。彼女は12歳で入社して、その2年後主任となりました。実力があれば、それを活かすためのアプローチやフォローをしていくんです」
 と、事もなさげに断言するカーリー。
「……で、会社としてはどうしたいんですか?」
 これはリナ。
「もちろん、彼女は我が社の大切な頭脳の一人ですから。私からは何も言えませんけどね」
「つまりカーリーさんとしては、キャナルさんを『トレジャーボックス』の一員としてもう一度迎えたいと」
「ええ、そうですね。出来る事ならば」
 続けて尋ねたリナに、隠さずに答えるカーリー。
 このやりとりに、俺は少し考えて。
「……あの。もしご存知でしたら、キャナルの出身とか教えてくださいませんか」
「ええ。――彼女、ブラフマーシティの出身ですが」
「そうですか」
 答えたカーリーの表情を見て、俺はある判断を下した。
「わかりました。どうもありがとう」
「いえ。お役に立てたかどうか、わかりませんけど」
 笑みを絶やさぬまま、言葉を返すカーリーに。
「――それじゃ、俺たちはこの辺で失礼します」
「あら」
 立ち上がりざまの俺の言葉に、カーリーが目を丸くする。
 そう。何を判断したのか。
 それは、現時点での『基本的な情報が集まった』と判断したのだ。俺は。
 まあ、『ガーディアン』の存在についても、聞こうと思えばできるのだ。
 しかし、今彼女に不安材料を与えるのもどうかと思うし、後からでも充分聞き出せる。
「そうだ。もし何かあったら、お話を伺う事もあるかもしれませんが、宜しいですか?」
「もちろん。その時に、ガウリイさんかリナさんのお名前を出していただければ、お話させて頂きますわ」
 俺の問いに、カーリーは満面の笑みを浮かべる。
「それに彼女を探していただけるのなら、どんな小さなことでも協力したいんです」
 と、付け加えた彼女の言葉の後。
「――チーフ。失礼します」
 ドアをノックする音と共に、誰かの声が聞こえてきた。声質からすると、どうやら女性らしい。
 ……って、おい。
「どうぞ。今、ドアを開けるわ」
 ちょっと待った。この声は……。
 かちゃ。
 カーリーがドアを開けた、その時。
 俺の考えが、的中した……。


「……冗談きついぜ。まったく」
「それは私のセリフね。まさかあなたたちが、ここに来るとは思いませんでしたから」
 のどかな、昼の風景。
『トレジャーボックス』を出てすぐにある、レストランでの会話である。
 俺たちとテーブルを挟んでいるのは、その『トレジャーボックス』の社員。
 ただし、表向きは。
 銀髪のポニーテールに、服装は典型的なOLスーツ。
『熱血らぶらぶ野郎』ルークの相棒、ミリーナである。
 あれから。
 俺たちとミリーナが顔見知りと知ったカーリーは、やたらと機嫌を良くして。
『どうぞ、もうしばらくゆっくりしていって下さいな』
 などと言い出して下さった。
 そんな訳で、他愛のない話で時間を費やす羽目になったのだが、その際に『ランチバイキングのあるレストラン』の場所を教えてもらえたのは、幸いだったかもしれない。
「――で、何でまた『トレジャーボックス』に入社してるんだ?」
 香味焼きのチキンをつつきながら、彼女に問いかける。
「ええ。私たちも『電脳の女神』を探しているので。ルークにはあちこちで情報を収集してもらって、私は『彼女』が所属していた会社に侵入してみることにしたんです」
「――ふうん」
 ナポリタンをフォークに巻きつけながら、リナ。
 ……これ、ミリーナに分かるかなあ。
「そうか。で、『ガーディアン』には?」
「……『ガーディアン』……ですか?」
 俺の言葉を反芻する。
「ああ。知らないか?」
「ええ。始めて聞きます。私も侵入して間がないから」
 首を振って、ミリーナが静かに答えた。
 うーむ、分からないとなると……もう一度カーリーさんに聞いてみるしかないかもな。
「ね、あたしも聞いていい?」
 と、突然リナが口を挟んできた。
「ええ、どうぞ」
「さっき、ルークとは別行動で『電脳の女神』を探しているって言ったわよね?」
「はい」
 確認のための問いなのだろう。ミリーナは相変わらずクールな表情で頷いた。
「それって、自主的に?それとも、誰かに頼まれて?」
「それに関しては、依頼を受けた、とだけお答えしておきます」
「なるほど。守秘義務とかいう奴に引っかかるのよね」
 ミリーナの言葉を遮って、リナは肩を軽くすくめた。
「で、その依頼人からは……」
「?」
 リナが、やたら真剣な眼差しでミリーナを見る。
「……どれくらいギャラが出るの?」
 ずべ。
 俺は、あまりにも下らない問いに椅子からコケていた。
「お前なあ……」
 そのままの姿勢で、リナにツッコんでみる。
「だって、少しでも多く取りたいんだもん!」
 ……その気持ちは判るけどな。だからと言って、堂々と聞く質問じゃなかろう。
「リナさん」
「何?」
 そんな中、ひたすらクールにミリーナが声を出した。
「報酬に関する事も、守秘義務があるので答えられないんですが」
 ……しーん。
 うむ。まわりの空気が寒い。
「……」
 仕方なく口をつぐんで、クリームシチューをすすり始めたリナをよそに。
「それで、だ。ミリーナはあそこに入って、どこまで『彼女』の事を突き止められた?」
 とりあえず、話題を変えてみる事にした。さすがに内容は同じだが、ギャラの話で延々盛り上がるよりかはずっとましだ。
 尋ねた俺に、ミリーナは小さくうつむいてから。
「ガウリイさんやリナさんが、今日聞いた事と同じのはずです。彼女の名前、在籍中の経歴。……それと」
「待った」
 タイミングを計って、俺は制止の声を上げた。
「……どうしたんですか?」
 彼女の声を無視して、テーブルの下に潜る……前に。
 ちら、とリナを見て。
「……リナ、下に潜ってみな」
「……?」
 リナはきょとんとした顔をしたが、俺の言うとおりに行動をとった。
「……ガウリイ、何かついてる」
「取ってみな。簡単に取れるはずだから」
 テーブルの上下を挟んで言葉を交わしてから、ほどなく。
 ちょこちょこと、リナがテーブルから這い出てきた。
「見して」
 手を差し出すと、彼女は小さな機械を出してきた。黒一色の、直径一センチほどの円型でできている。
「……盗聴機……」
「本当に、女神ってのは罪な人だぜ」
 クールに見つめるミリーナの横で、俺はそれを軽く握る。
 材質が簡単なものだったのか、それは軽い音を立てて壊れてしまった。
「……でも、いつの間に?」
「どこもかしこも、猫も杓子も『電脳の女神』を探してるってことだろうな。こんな風に、盗聴機を仕掛けられるくらいにな」
「あ、ガウリイ。あたしも聞いていい?」
「うん?」
 突然上がったリナの言葉に、俺はちらりと彼女を見る。
「何で、あたしをテーブルに潜らせたの?」
「そりゃ……リナだったら、やってくれるって信じてたから」
 尋ねてきた言葉に、にっこりと笑って言葉を返した。
 と、いうのは、実は建前で。
 本当の事なんて、口が裂けても言えやしない。
 というのも、考えてみて欲しい。女が二人もいるテーブルの下に、大の男がもぞもぞするなんざ。『変態さん』と勘違いされてしまうではないか。
 その事態だけはどうしても避けたくて、リナにあんな指示を出したわけだ。
 ……まあ、リナに潜らせたとなると、また別の意味で色々と言われそうなんだが。
「……あら、いけない」
 と、ミリーナが腕時計を見て呟いた。
「もう、休憩が終わってしまいますから。これで失礼します」
 優雅な物腰で席を立ち、小さく笑みを受かべた。 
 ……あ、そうか。今のミリーナ、OLさんなんだっけ。
「そうか」
「ええ、一時からもミーティングがありますから。……私の分、置いていきます」
 俺の言葉に頷いて、彼女は財布から20リーブ札を取り出した。
「……それじゃ、このへんで。お二人とも、ごゆっくり」
「じゃ、またね」
「じゃあな」
 俺たちと簡単に別れを告げると、彼女は颯爽と店を後にした。
 そのミリーナの姿を見送ってから、くゆらせていた煙草をもみ消し。
「さて。俺たちも行くとするか」
「え?」
 リナが素っ頓狂な声を出して、俺のほうを見てきた。
「どこに?」
 さらに出てきた彼女の問いに、苦笑いを一つして答える。
「――そうだな……これを仕掛けた奴を探すのもいいし、『女神』の生まれ故郷に行ってみるのもいいし、な」
 で。
 俺たちも、行動に移すことにした。
 ひとまず店を出るまでに一通り議論を交わした結果、『女神』の出身地であるブラフマーシティに向かうこととなった。
 そのブラフマーシティとは。
 簡単に言えば、スィーフィードタウンの隣に位置している街である。
 と説明すると、勘違いされそうなので。もう少し詳しく。
 俺たちが住んでいるここは、実は『人工島』なのだ。
 何でも、様々な国同士の出資が実現して初めて作られたらしい。ここと同様に、他に3つ島が作られているのだ。
 それぞれの島々とは、水上のジェットバスや大きな橋による交通網で島民の生活の幅を広げている。
 ただ俺がスィーフィードタウンから出た事がないだけで、別に閉鎖的な空間の中で生活しているわけではないのだ。と、ここにフォローしておく。
 前述した交通機関のどちらも、最短で一時間弱で結んでいるのが魅力的ではあるのだが…。
 いかんせん、運用本数が一時間に2本と少ない。
 そんなわけで。
 どちらが早く着くか調べるために、本屋に出向くことと相成った。
 幸運なことに、食い放題の店からさほど離れていない所に本屋を発見したので。
4島それぞれで運行している列車の時刻表を購入した。
 その分厚い時刻表をぱらぱらめくり、腕時計と何度も視線を送ること、しばし。
 結局使用する交通手段は、電車ということになった。
 ここからなら、電車で乗り継いだ方が断然早い。そんな訳で、『トレジャーボックス』の方に戻ることにした……のだが。
 その『トレジャーボックス』のビルの前で、一人の女性が勇み足で出てきていた。
 何だろ、いったい。
 ほんの少し気が引けるが、耳をすましてみる。
「何よ、取材の確認をするのにもアポイントですって?しかもそれすら取り次がないだなんて……何て会社なの!?」
 よく通る、高いトーンの声が玄関口に向かって叫んでいた。
 …………。
 えーっと。
 俺は……どーしたらいーのやら……。
 こっちはアメリアという切り札(言葉は悪いが)を使って取り次ぎに成功したクチなんで、彼女の言葉にどう反応したらいいか。
 わからない……。
 んが。
「……ふう。せっかく盗聴機を仕掛けたのに、肝心なところでバレちゃったしな……」
 この言葉には、俺もリナも反応することができたのだ。
「……どうする。一本遅らせるか?」
「かまわないわ」
 小声でたずねると、リナは不敵な口調で微笑んできた。
 では。
 俺たちはいたってふつーに彼女に近づき。
「何かの取材なんですか?」
「もしかして、カメラある?どこどこ?」
 この場に不釣合いな明るい声で、俺とリナは彼女に近づいてみた。
 ……そこ。ヤンキーの兄ちゃんみたいと指を差すんじゃありません。
 ちなみにこの女性、なかなか立派なカメラを持っている。
「……はあ?あなたたちには関係ないでしょ!」
 よっぽど気が立っているらしい。俺たちに向かって、きつい口調で返してきた。
 だが、ここでひるむわけにはいかない。
「そうかな?」
 俺は、スラックスのポケットに手を突っ込んだ。
 ……だから、ヤンキーの兄ちゃんが怪しいグッズ出すわけじゃないってば……。
「こういうもんまで用意して取材しているみたいだからね。興味を持ったのさ」
 言って、俺は彼女に手を差し出した。
「あ」
 と、女性は小さな声を出した。
 そう。俺の手のひらに納まっているのは、哀れにも潰れてしまった小さな機械。
 ミリーナと三人で食事していた時、テーブルの下に仕掛けられていた盗聴機である。
「え、と。あのーーー……あ、あはははは」
「笑ってごまかすのか?とりあえず、話だけでも聞かせてもらうぜ。お嬢さん」
 冷や汗をたらして笑う彼女に、俺は笑みを浮かべたまま言葉を付け足した。


 そんな訳で。
「……わかったわ。話します」
 なかなか活動的なスタイルである彼女は、ついにそう言った。
 現在いるのは、駅前の小さなカフェテラス。
 のらりくらりと話をそらす彼女に、リナと二人でツッコミを入れ続けて粘ること数十分。
 やっと、彼女の目的を話させることに成功したのだ。
 シャギーを入れた前髪と、少し長めに切りそろえたブロンド。
 服装は赤とピンクを基調にしたパンツスーツ。下には、白のスタンダードなカッターシャツを着ている。
 大きな青の瞳が、見る者を惹きつける印象を感じさせる女性である。
「――その前に、自己紹介してくれる?」
 意外な彼女の言葉に、二人で軽く頷きあい。
「……ガウリイ。ガウリイ=ガブリエフ」
「リナ=インバース、よ」
「わたしは……ミレニアム=フェリア=ノクターン。ミリイでいいわ」
 俺たちの目を真っ直ぐ見て、彼女は名前を告げた。
「わかった。――じゃあミリイ、何故これを仕掛けたんだ?」
 まず、最初に聞きたかったのはこれだった。
 この問いにミリイは小さく息を吐いて、やがて吹っ切れたように口を開いた。
「……見かけたのよ。あなたたち3人が、『トレジャーボックス』のビルから出て行く所を、ね。それで後をつけて、で。今の通りよ」
「……『トレジャーボックス』の社員とは、限らないのに?」
 アイスミルクティーをストローでかき回しつつ、リナがたずねる。
「そうね。……でも、あなたたちについて行けば、何かがわかるかもしれないって予感があったから」
 軽く肩をすくめ、答えるミリイ。
 なるほど。もともと直感力に優れているようだ。
「それに、どう考えてもあなたたちが怪しいように見えるし」
 ほっとけ。
 思わず、彼女の言葉にツッコんでみた。
「……でも、取材ってのは何だ?」
「ああ。わたし、新聞記者なの」
 言いながら、彼女は俺たちに名刺を渡してくれた。印刷された『ブラフマータイムス』の文字に、リナが意外な反応を示す。
「知ってるわ。ブラフマーシティの中で、一番発行部数が多い会社よね」
「あら、ご存知なのね。ありがと」
 ……俺はよく知りません。
 しかしこの二人の女性の間で、何かしらの交流はできたようである。
「……で、ミリイ。君が追っているのは?」
 とりあえずたずねてみた言葉に、ミリイは小さく頷き。
「追っているのは……『電脳の女神』に関する事よ」
「あなたも、『彼女』の情報を探しているの?」
 やはり金に関しては敏感なリナが、訝しげに問いかける。
「まさか。こっちではどうか知らないけど、ブラフマーシティでは有名な人物なのよ」
 しかしミリイは、首を振って言い切る。
 となると。
 やっぱりブラフマーシティに行けば、彼女の詳しい情報を集められるのか。
「……もっとも。10年前の事故があってからは見た人は誰もいないけど」
 と、俺の考えを見透かしたかのように、ミリイがぽつりと言った。
 ――10年前の、事故――。
 カーリーも言っていたこの言葉に、俺は少なからず興味を持った。
「なあ、ミリイ。10年前の事故って、どのくらい知ってるんだ?」
「そうね、私が知ってる範囲でなら……」
 そう切り出して、ミリイは一つ息をついて語り始めた。
 大まかに要点を絞ってみると……。

   10年前。
 ブラフマーシティ郊外にある『トレジャーボックス』専用研究所にて、大規模な爆発事故があったという。
 そこに勤務する研究所員は間一髪で避難して事無きを得た――かに見えた。
 逃げ遅れた者も、いたのだ。二人も。
 そのうち、一人が死亡。もう一人は行方不明となっているが、生存率は絶望的だと言われていた。
 この二人は、それぞれ当時重要だったプロジェクトチームの主任と副主任という、重大な地位にいた。
 そのため主要人物不在を理由に、このプロジェクトは永久に凍結した――。
 警察は、電子機器のショートによる誘爆が原因と結論を出し、捜査を打ち切った。
 
 これが、ミリイの語った全て、である。
 途中、俺たちは一つ二つ質問を重ね――。
 その為に、新たに判明したこともあった。
 例えば、『トレジャーボックス』について。
 本来ブラフマーシティ最大のシェアを持つコンピュータ会社で、実は『ゲイザーコンツェルン』の子会社であること。
 『ゲイザーコンツェルン』の名前は、俺も聞いたことがある。
 『総帥』である代表者が、裸一貫で築き上げたブラフマーシティ最大の巨大企業(コングロマリット)である。
 現在では、食料品から自動車に至るまで様々な分野での業績を上げている。
「――でもね」
 ふと、ミリイが呟いた。
「わたしは、こう思っているの。この『トレジャーボックス』の事故は、何らかの事件じゃないかって」
 その言葉に顔を上げ、彼女を見る。
「……わたしの父、警察官だったの。当時の爆発事故の捜査にあたっていたわ。捜査を打ち切った時、父が悔しそうに言ってたのを覚えてる。
『上層部の判断は間違っている。あれは単なる事故じゃないのに』って」
「親父さんは?」
 聞いてはいけないと思いながら、俺は彼女に尋ねていた。
「……3年前、交通事故で、ね」
「すまん」
 答えてきたミリイに申し訳なくて、つい頭を下げる。
「いいのよ。それに、この事故の真相はわたしが継いだから」
 軽く首を振ってから、ミリイが穏やかに言った。
「わたしが新聞記者になったのは、父の遺志を継ぐためなの。あの人がずっと言っていた、本当のことをこの目で確かめるためにね。
 だから、わたしは絶対に見つけてみせるわ。あの事故の真相を」
 ミリイは、きっぱりと言った。
 真っ直ぐな、意志の強い光を青の瞳に宿らせて。
「探し出せるさ。――君ならな」
 素直に言って、俺は彼女を見た。
「ガウリイ、そろそろ……」
 と。
 リナの声に、俺はふと腕時計を見る。
「と。そろそろ行くか」
 立ち上がる俺たちに、ミリイが声をかけてきた。
「ブラフマーシティに行くの?」
「ああ。とりあえずな」
「そう。それならわたしも行くわ。彼女のこと、よく知ってる人がいるから」
「?」
 ミリイの出してきた提案に、思わずあっけにとられる。
「心配しなくても、信用できる人よ。今はネットカフェをやってて、父の知り合いでもある人なの」
 続けてきたミリイの言葉に、俺とリナは小さく頷き。
 『電脳の女神』に一歩近付いた事を、確信したのだった。