「大丈夫、ガウリイ?」 「……あー、たぶんな」 ネットカフェを出てからの、俺たちの会話である。 念の為にわきわきと手を動かして、骨のほうに異常がないのを確認していたの だ。 「に、してもだ」 はあああああ。 俺は、ため息を一つした。 何だか、どんどんややこしくなっている。 そんな気がするのだ。 しかし今日一日動いてみて収穫が無かったのかと訊かれれば、そうでもなかった りする。 まずは、帰って情報の整理だけはしよう。そうでもしなきゃ、『女神』捜しの際に段 取りをミスすると目も当てられない。 時計を見れば、そろそろ六時を回ろうとしている。 「リナ、今日はこの辺で帰るとするか」 「えー?もうちょっといようよ。せめてご飯食べてから、でさ」 出した提案を、あっさりと却下するリナ。 「飯って……。だいたい、この辺は俺も知らないぞ」 「やーね、探せばいいのよ、探せば」 ぱたぱた手を振って気楽に言う。 ……つーか、そこまで粘ってどうするんだか。そんなに報酬に執着しているのか。 「でも、この島からの連絡線の最終は」 「二十一時半。駅の時刻表、貰ってきたわよ」 ほら、と言いながら、一枚の紙切れを付きつけてくる。 あ、本当だ。 それぞれの島から発車する最終連絡線の時刻は、九時半きっかり。 「……ま、いいか。それじゃ、ここで飯にでもするか」 今までずっと歩きどおしだったのと、昼から何も食わなかったってのもある。 よって、俺はリナの提案に賛成することにした。 「――で?何にしようか」 「そーねえ。チャイニーズは?」 「ここんとこ、ずっとチャイニーズばっかりだぞ。そんなに日本で食った料理が忘れ られないか?」 「うん、あそこ美味しかったわよね。ああ、日本に行ったらまた行きたい……」 「俺、イタリアンがいいんだけどなー……」 「そういえば、ここんとこずっと離れてたわね」 「んじゃ、決まり。ってことで、軽く食前の運動でもしますか」 「そーね」 頷き合って、突然。 俺たちは走り出した! やはり、リナも気が付いていたらしい。ネットカフェを出てから、何者かに尾行され ていたことに。 これにはさすがの相手も慌てふためいて、俺たちを追うため走り出した。 気配だけみれば、どうやらジルさんのネットカフェで出くわした連中らしい。彼の代 わりに俺たちを痛めつけて、『女神』の情報を引き出すためか。 それとも、口封じの為に抹消するか……。 どっちにしろ、俺たちを狙っているのは確か。しかしこちらも、ただ黙って奴らの為 に時間を割くつもりはさらさらない。 適当にあしらって、丁重にお帰りいただこう。もしかしたらその時の送迎は、救急 車になるかもしれないが。 全速力で走る俺たちの目の前に、曲がり角が一つ。 ――あそこでやるぞ。 ――OK。 リナと二人、目線だけで確認を取り、見えてきた角で曲がる。 曲がった先の場所は、ゴミの収集所のような所だった。人が入りそうなブリキ製の ゴミ箱が、整然と並んでいる。 「――その先は行き止まりですよ」 背後から、声がした。 残虐さを含んだ口調に、俺とリナの間に緊張感が張り詰める。 「――ご忠告、どうも」 俺も負けじと、低い声で言葉を返し。振り向いた先に見えたのは――。 やっぱりというか何というか、ジルさんにやられたグループのリーダーらしき男 だった。 先ほど見た顔は2〜3人。他に5〜6人いるが、どうやらどこかで人員を補給した らしい。 「――で、あたしたちに何の用?」 リナがいつもよりも低い声で尋ねると、男の一人がにこやかに答えた。 「……お二人も、『電脳の女神』を探していらっしゃるのでしょう」 ふと、気が付いて。 「……気を付けろ。銃を持ってる」 俺は、リナの耳元で小さく囁いた。 目の前の男の背広に、不自然な膨らみがあるのが見えたのだ。 位置は、右の腋下あたり。恐らく、背広の下にホルスターでも装着しているんだろ う。 「何か、マズいことでもある訳?」 「好奇心がお強いようですが、時にはそれが危険だということを教授して差し上げた くて、ね」 ふんぞり返って聞くリナに、男は肩をすくめてせせら笑った。 やはり、口封じか。 しかし、だ。 俺たちのことを、その辺に『増殖しているチンピラ』と一緒にされては困る。 「……じゃ、俺はつまらない自信だけだと痛い目にあうって事を教えてやんなきゃ、な」 わざと言った煽り口調の言葉に、奴らは敵意剥き出しの醜い顔でこちらを睨んで きた。 あーあ、そんな顔だと、女にモテんわな。 「やれ」 リーダーが低く、押し殺した口調で命じた時。 その戦いは、始まった。 まず。 男の一人が、俺に突進を仕掛けてきた。唸るように拳を振り上げて。 ボクシングのつもりなのだろうが、レベルは最悪で、俺に到底叶う相手ではない。 何といっても、大振りのストレート(らしい)だったので、俺はひょいと小さく避ける。 拳は避けた顔のほぼ真横すれすれで、むなしく空を切っていただけだ。 さらに。 踏み出した軸足をふんずけてやると、バランスを崩して間抜けにも倒れそうにな る。そこを見逃すことなく、まずボディブローを一発叩き込んでやった。 ふんづけていた足を離すと、そいつは苦しそうにうめきながら前に屈みこむ。すか さず、俺は背中めがけてエルボードロップをかます! 「がっ……」 俺の全体重を、肘に集中させた一発である。アスファルトに突っ伏して、そいつは 動かなくなった。 「――な?」 「気を付けろ!こいつ……ただ者じゃないぞ!」 一部始終を見てひるむ男たちに、俺は今更と呆れていた。 「今になって、後悔しても遅いっつーの」 リナの方は、現在交戦中といったところだ。俺よりも一回り大きな男相手に、ちょこ まかと頑張っている。 図体がでかいのがネックなのか。小さくてすばしっこいリナを捕まえるのに、なか なか悪戦苦闘しているようだ。 「ちょっとは手伝ってよ!」 ぷんすかと怒っているのか、リナが叫ぶ。 「一人でできるさ。そんくらい――っと!」 軽く言いながら、俺は別の男のタックルをひらりとかわした。 「……わかったわよ」 鋭く言ったかと思うと、リナは大男に向かってダッシュをかけた! 迫り来る大男!リナの運命やいかに! と、突然。リナは大男の視界から姿を消した。 そして。 ずんっ! 「ご……」 うわー、酷い事を。リナの放った一撃は、見事大男の股間に命中していた。 種を明かせば、以外と簡単である。リナは大男の足元で突然しゃがみ込み、盾代 わりに持っていたゴミ箱のフタで股間を突いたのだ。 ただ、縦にして突いてたんだけどね。そりゃ痛いだろう、何たってブリキ製のフタだ し。 ……いとあはれ、大男。 攻撃してきた男を、いともあっさり蹴りのコンビネーションで叩きのめし、俺はリナ のそばに駆け寄った。 「一人で何とかしたわよ」 「はいはい、よく出来ました」 むっつりした口調のリナをあやすような言葉で返し、俺は奴らを睨みつける。 が。 「……集団の上に武器付きとは、汚いにも程があるぜ」 正直思った事を、そのままぶっきらぼうに言ってやる。 今日の格好は、はっきり言ってストリートファイトに向いていない。リナにしても同 じことで、見てみればずっとスカートを気にしながら大男から逃れていたのだ。 こーゆうことになるなら、もうちょっと服装を考えるべきだったなあ。もちろん、今更 後悔しても遅いので、ぶつくさ文句は言わないが。 ともかく男たちは、ナイフやその辺に転がっている鉄パイプなんかを武器に、じわ じわと俺たちを追い詰めていた。 マジで……ヤバい……か? 「死ねや!」 男の一人が鉄パイプを振り上げ、俺たちに襲いかかってきた――その時! 「っ!?」 からん! 突然、鉄パイプが俺たちの目の前で転がり落ちた。持っていたはずの男は、右手 を覆い隠すように庇っている。 どういうコトかは、すぐに判った。男の右手の甲に、一本のスローイングダガー(投 げナイフ)が突き刺さっていたのだ。 うずくまっている男の右手からは赤い滴が滴り落ち、ぽたぽたとアスファルトにし みを作っている。 「誰だ!?」 予想していなかった出来事に、男たちは背後のほうに振り返り――。 「――あ!」 俺とリナは、同時に声をあげた。 曲がった入り口の方に、二人の人間が立っている。一人は長いブロンドの青年、 もう一人は栗色の短髪の少年……は失礼か。 「よってたかってリンチのつもりか?格好のつかねーコトやってんじゃねえよ!」 短髪の方が、かなりきつい調子で啖呵を切った。 ……俺もキツいこと言う時あるけど、こいつも怖いコト言ってくれるもんである。 「貴様ら……何者だ!」 まるでお約束のドラマのように、男の一人が彼らに叫ぶ。 「名乗る程の、者でもないさ」 ブロンドの方が、やけに淡々とした口調で言った。 「まあ、どうしてもというなら……教えてくれてやってもいいがな」 その端正な顔に、冷ややかな笑みを浮かべて。 その間に、血気づいた男たちをちらりと見てみる。 どうやら、この二人も奴らの『抹消の対象』として認識されたようである。 「教えてやるよ」 スローイングダガーを指先で構えて。 「俺たちはガーディアン……『電脳の女神』を守護するものだ!」 短髪の方が切った啖呵に、俺は言おうとした言葉を飲み込んだ。 いや……『電車で女に間違われた奴』って言ったら、真っ先にナイフが飛んできそう だったんで……。 「ガーディアン、だと?笑わせるな、まとめてやってしまえ!!」 男の金切り声があたりに響く。ガーディアン二人を加えて、ストリートファイトが再 開した! もちろん、こちらとしても応戦の覚悟は出来ている。手元に転がってきた鉄パイプ を握り。 「リナ、お前はどっかに隠れて――」 って、リナは? 「頑張ってねー。あたしは、力の限りおーえんしたげるから」 ちゃっかりブリキのゴミ箱でバリケード作って隠れてるし……。 ま、それはそれでやりやすいからいいか。 と――。 男たちは、まず短髪の方を取り囲もうとしていた。どうやら、いちばん弱そうな奴か ら片付けるつもりでいるらしい。 お手並み拝見――。俺も、彼の行動を見守るコトにする。 「まとまってきたな。手助けは?」 「いらねー!」 ブロンドの奴の問いに鋭い口調で返すと、短髪の方はジーンズのポケットから黒 い棒状のものを取り出した。 勢いよく振り下ろしたそれは、全長五十pくらいのバトルスティック。一般的には、 『特殊警棒』と呼ばれているものだ。 「てやああっ!」 気合いと共に、そいつは男たちに向かっていく。 奴らの攻撃を巧みにかわしながら、手や急所にダメージを与えていった。 ふーん、なかなかやるじゃないか。 男たちの方は、ダメージを受けて武器を落としたり、その場にうずくまったりしてい る。 見ていて思ったのだが、こいつはかなり的確に攻撃している。動き回ってる男たち の急所の位置を把握してやっているところを見ると、なかなかの動体視力を持って いるコトになる。 格闘スタイルは……我流?見た限りでは、何らかの格闘技を心得ていると踏んでい ただのが。 というのも、特殊警棒というのは。それなりの格闘術を持っていないと使いこなせ るものではないからだ。 それでこいつも、何らかの格闘技をやっているコトが有り得る……わけなのだが。 などと考えてる間に、辺りは静かになった。聞こえているのは、外からの騒音と男 たちのうめく声だけだ。 本気でこいつ、なかなかのもんである。軽く息を整えたかと思うと、てってけとブロ ンドの方に駆け寄った。 「な?いらねーつったろ?」 「そのようだ……」 自慢げに言う短髪の方に微笑みかけた……かと思えたが。 「と……言いたいところだが、いまいち詰めが甘かったようだな」 改めて言った言葉に、短髪の方が小さく舌打ちをした。 倒れていたはずの男の一人が、よろめきながら立ち上がったのだ。その辺に落ち て他の奴の武器を手にして、ぎらぎらとした目で二人を睨みつける。 ……って、よく見たらこいつリーダー格の男だし。 「げっ!しぶとい……」 「仕方ない。見せてやるか」 小さく呟いたかと思うと、ブロンドの方が一歩前に出た。手にはいつの間にか、黒 いバトルスティックを握っている。 が。よく見ると、節目が一つ多い。 四段のバトルスティックって、聞いたコトがない。オーダーメイドで作らせでもした んだろうか? 罵声と共に突っ込んできた男に、彼は一気に間合いを詰め――。 ずんっ!! 「がっ!?」 渾身の力で振り下ろした一撃は、見事にリーダー男の頭部を捕らえていた。 そのまま頭から倒れ伏し、起きあがる事は……なかった。 「これくらいでやらんと、な」 短髪の方を振り向いて、彼はあっさりと言ってのけた。 ……てあの……エグいんですけど……。 本気で思った。 倒れたリーダー男は、頭からだくだくと血を流し、口から泡をぷくぷく吹いている。 目は見事に白目をむいていて、気を失っているようだ。 下手したら、頭蓋骨陥没で死んでますけど。 「さて、そこの二人?」 「へ?」 と、かかってきた言葉に、俺は説明モードから立ち戻った。ゴミ箱バリケードに隠 れていたリナも、何事かと顔を覗かせている。 「お前ら以外に、誰がいるってんだよ?」 呆れたような声で言ってきた短髪のほうは、手元でぷらぷらとバトルスティックを もてあそんでいる。 「いったい何故こいつらに囲まれたのか、理由を知りたい。――聞かせてもらえる な?」 ブロンドの方が言った言葉に、俺は一瞬考え。 「判った……」 「あ、その前に!」 言葉をさえぎり、突然リナが声を張り上げた。 「――ごはんの美味しい所、教えて」 ――あ。 そーいや、『食前の軽い運動』してたんだっけ。俺たち。 目の前に立っていたガーディアンの二人は、その場で盛大にコケていた。 ボンゴレが美味いっ! アンティパストの盛り合わせは、控えめでありながらも主張した味わい。サラダ仕 立ての海鮮マリネも美味!ピッツァの香ばしい歯ざわりもさることながら、とろりと溶 けたチーズの濃厚な味もまた然り。 ガーリックトーストの食欲をそそる香りもまた素晴らしく、シンプルなかぼちゃの ニョッキも素朴な甘さがまた絶妙! 「うーん、これ美味しいっ!」 「いやあ、いい店知ってんじゃん!」 口々に言いまくる俺たちを見ていた、ガーディアンを自称する二人は。 何故か、うんざりした表情をぶら下げていた。 「よく、そんだけ食えるよな……」 呆れた口調で呟いた短髪くんは、フォークでカルボナーラをつっついている。 「話を聞かせてやるから、美味いイタリアンを教えろって。普通の感覚じゃねー ぞ、絶対」 「で、そういうお前もな」 やはし呆れた口調でツッコミを入れたブロンドくんは、チキンの小悪魔風をつっつ いていた。 そりゃ、何気に料理を数品キープしてたらね……。 「まあいいだろ。『腹が減っては戦は出来ぬ』とか言うし」 ぱたぱたと手を振りつつ、ブロンドくんに言ってやる。 「そーよ。おいしーものは楽しく食べなくちゃ。作ってくれた人に悪いじゃない」 リナ……。だいぶ状況と場違いなコト言ってる……。 「……まあ、いい。とりあえず、俺は忠告したはずだ」 いつの間にか気を取りなおして、ブロンドくんが俺に言う。 「忠告……ね」 小さく呟き、奴の目を見た。 髪の色は俺と同じブロンドだが、瞳の色は全く違って深い紫暗の光があった。 「何故俺が忠告したか、わかっただろう。俺とこいつのやるべき事は、『女神』を護る こと。 そして、『女神』に害なす者の排除なのさ。あの手の奴らはどこにでもはびこって 『彼女』を我が物にしようとしている……」 淡々と語るブロンドくんに、俺はビールを一口飲み。 「――つまりだ、お前らも知ってるんじゃないのか?奴らが何の目的で『女神』を 狙っているのか」 「だいたいのことは、予想できる。彼女の力が悪用されれば、この街だけじゃない― ―他の島も犯罪の巣窟になる」 「だから、俺たちが彼女を護るって訳だ」 横から、短髪くんがブロンドくんの言葉を継ぐ。 「――ところで」 リナが、ぽつりと呟いた。俺もガーディアンの二人も、彼女の言葉をじっと待つ。 「――いー加減、自己紹介する気になれない?」 『あ』 珍しく他人とハモってしまった。 俺を含む男たちは、そろって顔を見合わせて。 軽い脱力感に襲われたのだった。 「今に始まったことじゃないから、気にすんな」 それだけを何とか言えた俺に、二人も気を取りなおして頷いた。 「……まあ、構いはしないが……」 「やっぱお前ら、普通の感覚じゃねーよ……」 それでも、何気に愚痴をこぼすのは忘れていないようだ。 「とりあえず、自己紹介するか」 そう言って、俺とリナはそれぞれ名を名乗った。 で。 「ケイン。ケイン=ブルーリバー……だよ。仕事は、こいつの相棒みたいな事をやって る」 短髪くんが、ブロンドくんの肩を軽く叩いた。 「で、あんたは?」 俺の問いに、彼は一瞬の間を置いて。 「ナイトメア=パーソン……。ガーディアンであり、『何でも屋』でもある」 「ふーん」 『何でも屋』というのは、聞いた事がある。ルークやミリーナがやってる稼業と似たよ うなもので、金さえ貰えりゃ何でもやる人間の総称である。 とはいえ、ルークたちと決定的な違いがある。殺人許可証の有無だ。 この許可証は4島を管理する中央管理局から配布される資格の一つで、物凄く難 しい試験にパスしないと得る事ができない。 彼の言う何でも屋は、殺人すらもこなせるようにこの資格の所持を義務付けてい る。 ……もっとも、無資格で殺しを請け負う奴もいるんだが。 とかやってる間にデザートもすっかり平らげた俺たちは、現在のほほんとエスプ レッソのおかわりをすすっている。ちなみに、リナのみ大きなマグカップに注がれた カフェラッテだ。 「――さて。いい加減、はぐらかすのはやめてもらおうか」 ナイトメアが、そう切り出した。 「わかってる。何故俺たちが、奴らにケンカ売られたか、だろ?」 「ケンカだったか、あれ」 軽い口調で言った俺に、ケインが鋭くツッコんでくる。 さりげなくツッコミの多い奴。 「ま、あんたの忠告を無視して、『女神』を探すことにした。で……多分知ってるだろう。 研究所の事故ってやつ。その話を聞いてる時に、奴らが来たのさ」 ざっと説明する俺を見る、ナイトメアの目つきが――ほんの少し、変化した。 それを見逃しはしなかったが、敢えて無視して説明を続ける。 「多分、顔を見られたからじゃない思う。『もしかしたら、こいつらも何か知っているの かもしれない』ってのもあいつらの打算の中であったんだろ。尾行して聞き出そうと すればできるわけだしな」 「それに、殺気立った気配も感じたしね。聞き出せるだけ聞き出して、最後に抹消す るつもりでもいたんだと思うわ」 俺の言葉の後、リナがやたらと冷静な口調で付け足した。 さすが、この辺の判断力は元運び屋である。 「……そう――か」 ふう……と長い息を吐いて。 力が一気に抜いたように、ナイトメアが小さく呟いた。 それを気遣うように、ケインが瞳を曇らせて彼を見ている。 「……それで、彼女の事をどこまで知った?」 しかしいつの間にか冷静な対応を取り戻し、ナイトメアは静かな口調で問いかけ てきた。 「今まで集めてきた情報を、金で横取りするっていう訳?」 訝しげに尋ねてるリナは……やっぱし、おいといて。 「そうだな……初歩中の初歩。とだけ、言っておくか」 「何だよそれ」 しばし考えて答えた俺に、ケインがきょとんとした顔でツッコミを入れる。 「盗聴の危険もあるんでね」 小さく笑みを浮かべ、それだけ答えた。 ……でもそこから、もう一つ情報が転がってきたのは意外だったが……。その言葉 は、言わずに心の中にしまっておいて。 「初歩中の初歩ならば、聞く必要はないな」 「それはそれは」 小さく肩をすくめた俺に。 「忘れたか?俺たちはガーディアン……。『彼女』のことなら、何でも分かるさ」 「だろうな」 さらりと言い放った彼に、納得した。 「……そうだな。あんたらなら何だって知ってるか」 「そういうことだ。……ところで」 「ん?」 「これからどうする。何なら、俺のところに来るか」 「……え?」 突然言ってきた意外な言葉に、俺はナイトメアを見た。 「へ?」 「……な、何で?」 あっけにとられるリナとは対照的に、ケインが椅子から立ちあがった。 「……大丈夫だ、ケイン」 見下ろす相棒を落ち着かせるように、ナイトメアが続ける。 「この二人なら、奴らのようなことはしない。それに、簡単に死ぬようなわけでもない だろう」 「……そりゃ、そうかもしんねえけど……」 「いや」 俺はひょいと片手を上げて、彼の視線を向かせる。 「お誘いのところ申し訳ないが、俺たちは帰るとするよ。今日集めた情報は、あんた たちもご存知だしな。それに――」 「それに、何だよ」 落ち着いて、椅子に座りなおしたケインが聞いてきた。 「俺としても他にお仕事があるんでね。帰ったら、そっちの準備をしなきゃならない。 ……忙しいんだよ、色々とね」 「なるほどな」 「すまんね、せっかくお誘いいただいたが」 納得したナイトメアに頷いて、俺はリナに視線を送る。二人に感づかれないよう、さ りげなく。 「……という訳で、この辺で失礼するよ。あんたたちは、もう少しゆっくりしてな」 「待て」 伝票を取って立ち去ろうとした俺とリナを、ナイトメアが呼びとめる。 「最後に、ヒントだけくれてやろう。――彼女は、『殺された』のさ」 ――? 眉をひそめた俺に、ナイトメアはそれでも無表情を保ったままだった。 |