魔法の剣士まじかる☆ケイン 〜2〜




「ケイン、今日はどうするんだ?」
「へ?」
 朝。
 いつものようにミリイの爆発料理(ただし味は絶品)を平らげた後、ナイトメアはケインに尋ねてきた。
「今日は……って、ヒーローショーのバイトの打ち合わせがあるから、ちょっと遅くなるけど。何で?」
「いや、俺のほうもな。大学院の研究の打ち合わせがあるから、少し帰りが遅れるのだ」
「……てことは、車使えねーってこと?」
「まあ、そういうことになるが……。ミリイも、学校近くのコンビニでバイトがあるから遅くなるって言ってる し。
 それならいっそ、高校前の駅で待ち合わせようかと思うんだ。それなら、手間も省けるだろうしな」
 早い話、今日のスケジュールの確認である。
 3人はばらばらに行動することもあるので、こうやってスケジュールを確認するのが日々の日課の一つ になっていた。
「じゃ、晩飯は?」
「それなら、駅近くで俺の知り合いがやっている店がある。そこで食事にでもするといいかもしれんな」
「判った。じゃ、俺先に行くわ。一コマ目から講義取ってるから、遅刻すんのもまずいし」
「うむ、判った」
「じゃ、行ってくる!」
 ディパックを担ぎ、ケインは元気に屋敷を出ていった。

「おっす、ケイン!」
「ん……あ、ボーディガーか」
 大学のキャンパスで、ケインは同じ学科に所属するボーディガーに声をかけられた。
 彼も、ケインと同じ交換留学で来日している外国人の一人である。
 紺色の短髪に紫の瞳。ケインとは背格好もほぼ同じで、大学では仲のいい親友の一人だ。
「あのさ、ケイン。お前の兄貴の講義取ってる?」
「ああ、一応は」
 兄貴、とは。言うまでもなくナイトメアの事である。
 彼は大学院で研究を重ねる事になったが、もう一つの顔として非常勤講師として大学で教鞭をとる立場 の人間でもあるのだ。
「んじゃ、悪い。今日用事があるからさ、俺の代わりにノートとっててくんね?」
「オッケー。コピーくらいでいいんなら」
「助かる!」
 本当に嬉しそうに言って、ボーディガーはケインの手を握った。
 このあたりもケインとよく似ていて、感情をストレートに出す青年である。
「……あ、そういやさ。付属高校前の事件知ってる?お前」
「いや……俺、しらねえけど。何」
「何かさ……ここの所、立て続けに男ばっかりが狙われるってのが相次いで起きてるっつーんだよ」
「何だそりゃ?」
 話題を切り替えたボーディガーに、ケインの眉がぴくりと動いた。
 彼の話では、こうだ。
 十代から二十代前半の、ちょっと顔のいい男性が一人で歩いていると、どこからともなく怪しい女みた いな人間に襲われるというのである。
 被害者はもうすぐ10人を越えそうな勢いで、現在警察が注意を呼びかけつつ捜査をしているところであ る。
 ところが、被害者の証言はてんでばらばらで、ちっとも捜査が進まないというのが現状。
「気を付けた方がいいぜ。なんせ、うちの大学の奴も何人か被害者がいるらしいから」
「何だか変な話だよな。被害者の証言がばらばらなのって?」
「だから、自分の友達とか、母親とか。で、そっちに事情聴取にいってもアリバイあるからってんで、捜査 が進まないらしい」
 ここだけの話、ボーディガーの親戚に警察官の知り合いがいるという。だから、こういう警察の話は(判 明できる範囲なら)彼もなかなか詳しいのだ。
「……冗談じゃねえよ。今日バイトの打ち合わせあんのに」
「マジ?」
 ケインの言葉に、ぎょっとするボーディガー。
「だったら、一緒に行くか?俺もさ、今からの用事が終わったら、付属高校前まで行かなきゃなんねえん だ」
「……その方がいいよな。絶対に」
 うんうんと頷き合う男二人であった。


 ひとまず。
 ボーディガーと一旦別れ、この日の講義を全て終えたケインは。
 そのボーディガーからの連絡を待っていた。
「おっそいなあ、あいつ」
 と。持っている携帯電話の着信音。
「はい、もしもし?」
『あ、ケイン?俺だ俺』
 相手は、連絡を待っていたボーディガーである。
「遅いぞお前。俺、もうすぐバイトに行くんだぞ?」
『わりいわりい。もうすぐつくから、今何処?』
「駅の噴水前」
『オッケー。じゃ、もうすぐ着くから』
 それだけで、電話は切れた。
「まったく、あいつは時間にルーズで……、あれ?」
 愚痴をこぼすケインの動きが、止まった。
「……ありゃ、何だ?」
 見れば。
 一見、高校生くらいの少年が一人で歩いている。
 その背後には、忍び寄る一人の女。
 女は20をとうに越しているようだった。長い黒髪に、綺麗なスーツを着ている。
 ただ……その印象が、奇妙としか言えなかった。
 そして。
「……うわ!?」
 その高校生が、突然叫び声を上げた。
 女が彼をひっつかむや否や、ずるずると近くの細道に連れ込んでいたのだ。
 ケインは慌てて、その後を追うことにした――が。
「だめっ!」
 と、声が飛び込んできた。
「え?」
 ケインが振り返った先には、一人の少女が立っていた。
 二本のおさげを揺らした淡いグリーンの髪に、紫の瞳。
 白とピンクがベースの、胸を強調したメイドみたいな服を着ている。
 しかし、特に印象的なのは、彼女の額のあざみたいなものだった。
 どこかで、見たことのあるような形をしている。
「……君は?」
「あたしは、キャナルと言います。――それよりも、今のままではあなたも巻き込まれてしまうわ!」
「……俺も?」
「そうよ」
 きょとんと尋ねてみると、キャナルはこくりと頷いた。
 だからといって、見逃すわけにもいかない。
 もともとケインの性分は、正義感の強い無鉄砲さを持っているので。
「だからって、あいつがどうなるか判ってるのか?」
「ええ。判っているわ」
「だったら!」
 詰め寄るケインに、キャナルは真摯な瞳で答えた。
「あの女の人は、妖魔人に取り憑かれているの」
 その言葉に。
「……は?」
 ただ、目を丸くするしかできないケインであった。
 
 彼女――キャナルの話ではこうだ。
 彼女の住む異世界で奉られていた紋章が、何者かに盗まれたのだ。
 調べ上げた結果、紋章はケインの住む人間界に粉々に砕かれていたこと。
 そして、その魔力を秘めた欠片は、持つ者の欲求を増大させる力があること。
『今、あの女の人を追ってはいけないと言ったのは、そこなの』
 女を正気に戻すには、その持っている欠片を取り戻さなければならない。
 そして欠片が全て集まった時、紋章は正しい力を発揮する、というのだ。
 ところが、この作業が厄介なのだとキャナルは言う。
『奪われた紋章の欠片は、持つ者の欲求を増大させるって言ったのは判るわよね。
 でも、その増大した欲求というのは、妖魔人の恰好の餌なのよ』
 あのまま増大した欲求を満たし続けていれば、妖魔人に取り憑かれてしまう。
 そうなったら、普通の人間では歯が立たないと言うのだ。

「……じゃ、どうしたらいいんだよ」
 ケインの問いに、キャナルはきっぱりと言った。
「あなたが持っているペンダントが、力を貸すわ」
「え?」
 慌てて、身に付けているペンダントを引っ張り出すと。
 円形のペンダントに刻まれたモチーフは、彼女の額にある痣とそっくりだった。
「……これ、もしかして君の?」
「そうよ。このペンダントには、妖魔人と戦うための力が秘められているわ。
 これは以前、あなたのお婆さま――アリシアが妖魔退治を手伝ってくれたお礼に渡したもの。
 そして今、そのペンダントはアリシアからあなたに受け継がれている」
「……ってことは」
 暫し考えて。
「これって、正義のヒーローになれるって事か?!」
「……え、ええ。まあ」
 目を輝かせて言い切ったケインに、額に汗を浮かべつつキャナル。
 誰にも言っていない事だが、ケインはこれでも正義のヒーローになりたいと思っていた。
 だから、アリシアの人となりに憧れて『考古学も出来るスタントマン』が目下の目標だった訳である。
 つまり、このペンダントの力を使えば、彼は正義のヒーローとして活躍できるのだ。
「判った。どうすればいい?」
「その前に、これをしなければならないの」
 そう言うと、キャナルは目を閉じた。
 彼女の唇から、不思議な言葉が零れてくる。
 柔らかく、しかし神秘的な何かを伴って。
 と、その時。
「……あ、あれ?」
 ケインの回りの人々の動きが、止まった。
「これでよし。これは、あたしたち妖精国の結界よ。この結界が効いている間は、時間が止まってしまう の」
「なるほどな。正義のヒーローは秘密でなきゃならない訳だ」
「……そういうこと。さあ、ペンダントに意識を集中して」
 言葉の通りにすると、不思議な事が起こった。
 ペンダントが、淡く美しい青い光を放ち始める。
 呆然とその光景を眺めるケインに、キャナルの言葉が追い討ちをかけた。
「さあ、変身を」
「わかった……変身!!」
 その直後。
 ケインの身体に、変化が起きた。


「待ちやがれ!!」
 駆けつけたケインの声に、女はくるりと振り返った。
 時間が止まったままで制止している高校生は、既にぱんつ一丁という非常に情けない格好だったが、 それはおいておく。
「これ以上、お前の好きにはさせねえぜ!!」
 威勢良く啖呵を切るケインに、女の表情が変わる。
 ――いや、姿も。
「う、あ……ガアアアアッッ!!!」
 雄叫びを上げながら、それは異形の生き物に変化した。
 長かったはずの髪は硬くなり、鋼を何本も束ねたような頭部に。
 スーツで包んでいた身体は強靭で見たこともない形に。
 足は変色し、獣のような足に。
『私ノ楽しみを……邪魔スルナ!!!』
「た……楽しみ?」
『可愛い男を捕マエテ、私の選ンダ男二あーんなコトヤこーんなコトヤそーんなコトマデ……』
「させんなっ!!」
 うっとりとのたまう化け物に、素でツッコミをいれるケイン。
『ソンナ私のササヤカナ楽しみを奪うオマエ……何者!!』
 とはいえ、お約束の台詞を吐いてくるあたり、化け物も何かを心得ている。
「……えーと、お名前は?」
「あ、俺ケイン。ケイン=ブルーリバー」
『自己紹介シテドウスルヨ』
 ふとキャナルと話し合うケインに、更にツッコミで返す化け物。
 なんだか、あまり緊迫した場面ではない。
「よくぞ聞いてくれました!彼は――
 『魔法の剣士まじかる☆ケイン』よ!!」
「…………はい?」
 高らかに宣言したキャナルの横で、ケインの表情が固まる。
「……今、何て?」
「だから『魔法の剣士まじかる☆ケイン』と」
 その言葉に、ケインは初めて自分の格好を凝視した。
 青を基調とした服だった。肩には素肌の上から白い肩当てがくっついており、そこからは薄いシフォン のマントがなびいている。
 足元はブルーの厚底のスニーカー。おまけに履いているのは、黒い膝丈のスパッツだ。
 腕は黒い手袋のようなもので覆われてはいるが、上腕部は素肌である。
 さらに、鏡で顔を覗き込むと。
 額に付けられているのは、金色のサークレット。
 髪の後ろには、大きな青いリボン。その端のあたりからか、蒼いロープを垂らしている。
 おまけに左の頬には、小さな星のマークまで。
 これでは正義のヒーローというより、魔法少女ものアニメに出てくるような魔女っ子である。
「何じゃこりゃああああっっっっっ!!!」
 まるで懐かしの俳優のような台詞で、ケインは吠えた。