『Yes』

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ことば ひとつ
とおく きえるよ…



時々。
時々だけれど、考えることがある。
あたしのことばが、
彼にどう届いているのか。


「――どうかしたのか?リナ」
 ふと、ガウリイの声がした。
 考えごとをしていたのがわかったのか、何だか落ち着かないような表情でこちらを見ている。
 余計な心配は無用とばかりに、あたしは笑ってぱたぱたと手を振った。
「何でもないよ?大丈夫」
 こんなことを言ってはみたのもの、本当は何でもないわけではなかった。

「――そっか」
 しばらくして、ガウリイはやっと微笑んだ。
 いつもの屈託のない――とゆーか何も考えてない――笑顔に。


 すっぱーん!


 思わず常備しているスリッパ(旅館う○りょん)で、彼の後頭部をはたいていた。
「いってーなあ。俺、何もしてないぞ」
「うるさいっ!だったらもー少し考えなさい!」
「何を?」
「うっ」
 単なる気晴らしでぶっ叩いたのだが、とことん素で返されて。
 あたしは、返答に困った。
 しばし、硬直。
「……えーっと、自分が何の為に旅してるのか、とか」
「旅を?」
「そ、そう。例えばあたしは、姉ちゃんに『世界を見てこい』って言われたから旅をしているわけなんだけ ど」
「ふーん、そうなのか。初めて聞いた」
「ほっとけ」
 別に言わなくてもいい話題だというのに、律儀に相槌を打ってくるガウリイ。
 いや、これは――単なる言い訳なのだ。
 咄嗟に正直な白状をかましたあたしだが、これには理由がある。
 あたしは、ガウリイの過去を何も知らない。
 何故家宝である光の剣を持って旅をしてたのか、とか。
 あたしと出会う前、どんなことをしていたのか、とか。
 そのことを考えれば考える程、彼に対する謎が深くなる。
 もちろん、以前傭兵だったことをさらりと言われたことがあるのだが、ほんのさわりの部分でしかないし。
 それに、一介の傭兵とは思えない部分もいくつかある。
 例えば、戦闘時における彼の強さ。
 もともと超絶的な剣術の冴えを差し引いても、戦術として見た場合あたしよりも冷淡な判断を下すことも あるからだ。
 そして、彼を謎めいた存在たらしめている一番の要因。
 彼の『生死に対する姿勢』にあると思っている。
 あたしも魔道士として旅をする以上、何度も生命の危険に晒されたことがあるし、それを乗り越えてき た。
 もちろん、人を殺めたことだって、ある。
 まあもっとも、悪人には人権なぞ皆無だし、それよりもお宝の方が大切だという説もあるが。 でも、ガウ リイは違う。
 あたしよりも、もっと――
 冷めた目で、人の生死を見ているのではないか――と、思うのだ。

「でね。ガウリイにも、旅をする目的みたいなものが何かあるんじゃないかって思うんだけど」「……うー ん。でも俺、旅をする理由って考えたことないなあ。傭兵をやってたのだって、取得だけで金が稼げるか らやってた、てのもあるし」
「あ……」
 頭を掻きつつ『てへっ♪』と笑うガウリイに、思わずその場でべしょっとこけてしまうあたしだったりする。
「でも、俺はそれでよかったと思ってる。お前さんと会えたからな」
「へ?」
 続けて言った彼の言葉に、あたしは顔を上げた。
「旅をする理由は、正直どうでもよかったんだ――昔はな。
 でもお前さんに会って、一緒に旅をするようになって。
 そこで俺は、やっと理由を見つけたんだ」
 そこで彼は、誇らしげな笑みを浮かべた。
「お前の保護者として、一緒に旅をする。それだけだ。
 他に理由なんて、いらないさ」
 あまりにも単純で、あまりにも短絡的な理由。
 でもそれが、あまりにも彼らしいと気が付いた時。
「はは……」
「ん?」
 ガウリイが顔を覗き込んでくるのも構わずに、あたしは笑い出した。
「どうしたんだ、お前」
 訝しげに聞いてくるガウリイを無視し、あたしはひたすら笑い続けた。
 何故かはわからない。
 それでも、おかしくて、おかしくて。
 あたしは、思いっきり笑い続けた。


 結局、あたしは何がしたかったんだろう。
 自分でもバカだと思う。ガウリイの中の謎がわからないからって、意地になって。
 だから、考えるのは止めにした。
 だってね?
 あたしは、ガウリイくらげな部分も強い部分もひっくるめて、信頼しているんだから。


「さて、行きましょうか。ひとばずは、ゼフィールシティに」
「おうっ。
 早くブドウが食いたいぞ、俺」
「まずはブドウ?」
 苦笑して、あたしはガウリイにウインクを一つする。
 そうだ。いくら理由を考えていたって、始まらない。
 だから、前へ走り続けるだけ。


「――ところで、何でさっき俺を殴ったんだ?」
「ん?」
 む。思い出してやんの。
 普段は脳みそがトコロテンみたいに記憶が抜け出ていくくせに、こーゆーしょうもないことはいちいち憶 えているんだから。
「なあ、どうしてなんだ?リナ」
 しつこく聞いてくるガウリイに、あたしはにっこりと笑顔を作り。
「そんなの簡単よ。ただの八つ当たりだもん」
「は?」
 素直言った言葉で呆気に取られるガウリイに、
「ほら、さっさと来ないと置いていくわよ!」
 笑いかけて、あたしは走り出した。



 ことばがたりないときがあっても
 さびしさも後悔も 全部ひっくるめて
 受け入れられれば いいのかもしれない。